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ヘイトスフィア (Hatesphere)は、デンマーク・オーフス出身のデスラッシュバンド。1992年の結成当初は、Cauterizedという名前で結成され、その後ネクロシス (Necrosis)というバンド名を経て、2000年に現バンド名に改名した。 ギタリストのピーター・ライズ・ハンセン以外のメンバーの入れ替えが激しい。 == 略歴 == 1992年にデンマーク第二の都市、オーフスで高校生3人組でカーテライズド (Cauterized)という名前で結成。結成当時のメンバーは、クラウス・ニールセン (Vo)、フランツ・ディン (G、B)、イェスパー・モエスガード (Ds)である。結成してから間もなく、バンド名をネクロシス (Necrosis)に変更。バンド名変更後、ギタリストのピーター・ライズ・ハンセン (G)が加入。更にヤン・モエスガード (G)が加入して、フランツ・ディンはベース専任となった。1995年に、1stデモ『Condemned Future』をリリース。リリース後、クラウス・ニールセンが脱退し、ヤコブ・ブレダール (Vo)が加入する。1997年に2ndデモ『Disconnected』をリリース。続く1998年には、3rdデモ『Spring98-Promo』をリリース。リリース後、フランツ・ディンが脱退し、ミカエル・アーラート・ハンセン (B)が加入。これらのデモで、音楽プロデューサーでもあるヤコブ・ハンセンが興味を持ち、ヤコブ・ハンセンのレーベル・シリアス・エンターテイメントのコンピレーション・アルバムに参加した。参加した後、ヤン・モエスガードが脱退し、ジギー (G)が加入。 シリアス・エンターテイメントとのディールが持ちかけられ、2000年にバンド名をヘイトスフィア (Hatesphere)に変更〔http://www.facebook.com/hatesphere666?ref=ts#!/hatesphere666?sk=info〕。1stアルバム制作に取り掛かるが、スタジオ閉鎖などの煽りを受け、アルバムが出せない状況に陥る。その後、イタリアのスカーレット・レコードと契約し、1stアルバム『Hatesphere』をリリースしデビューする。日本でもサウンドホリックからリリースされ、以降サウンドホリックが日本盤リリースを担う。リリースの同時期にイェスパー・モエスガードが脱退。モルテン・トフト・ハンセン (Ds)が加入して活動を続ける。この交代で、早くもカーテライズドのオリジナルメンバーは全員脱退した。2002年に2ndアルバム『Bloodred Hatred』をリリース。リリース後、ジギーが脱退。ヘンリク・バストラップ・ハンセン (G)が加入。その翌年には、モルテン・トフト・ハンセンが脱退し、アンダース・ギルデンオール (Ds)が加入。2004年に3rdアルバム『Ballet of the Brute』をリリース。リリース後、スカーレット・レコードを離脱。SPVのサブレーベル、スティームハマー・レコードに移籍。2005年にEP『The Killing EP』、4thアルバム『The Sickness Within』、2007年に5thアルバム『Serpent Smiles and Killer Eyes』をリリース。5thアルバムは日本ではハウリング・ブル・エンターテイメントからリリースされた。リリース後、スティームハマー・レコードを離脱。また、ヤコブ・ブレダール、ヘンリク・バストラップ・ハンセン、ミカエル・アーラート・ハンセン、アンダース・ギルデンオールの4名が脱退。そして、ジョナサン・アルブレクトセン (Vo)、ヤコブ・ナイホルム (G)、ミクセン・リンドベリ (B)、デニス・ブール (Ds)が加入。オーストリアのナパーム・レコードに移籍した。2009年に6thアルバム『To the Nines』をリリース。同アルバムでは再びサウンドホリックが日本盤リリースを行っている。リリース後、2009年にデニス・ブールが脱退し、マイク・パーク・ニールセン (Ds)が加入。2010年には、ジョナサン・アルブレクトセンが脱退し、エスベン・エッセ・ハンセン (Vo)が加入。2011年に、ミクセン・リンドベリが脱退し、ジミー・ネデルガード (B)が加入し、7thアルバム『The Great Bludgeoning』をリリースした。同アルバムの日本盤はリリースされなかった。 2013年にマサカー・レコードに移籍。同年に8thアルバム『Murderlust』をリリース。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ヘイトスフィア」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Hatesphere 」があります。 スポンサード リンク
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