|
Lo-D(ローディー)はかつて日立製作所の日本国内におけるオーディオブランドであった。名称の由来はローディストーション(=低歪み)である。 現在では日立コンシューマ・マーケティング リビングサプライ社〔当初は日立リビングサプライだったが、2014年10月に日立コンシューマ・マーケティングに経営統合(吸収合併)され、同社の社内分社会社(社内カンパニー)となる〕が発売するオーディオブランドとして、同社が企画したゼネラルオーディオ機器に付与されている。 ==概要== 1960年代後半から日立製作所の国内における高級オーディオブランドとしてスタート。 ギャザードエッジスピーカー、パワーMOS FETアンプ、ユニトルクモーター搭載カセットデッキ/レコードプレーヤー/CDプレーヤーなど、日立の総合力を活かしたユニークな技術を持っていた。 しかし、時代が進むにつれてデザイン面や機能面で競合他社の後塵を拝すようになり、大型家電量販店の店頭からも徐々に姿を消していった。 1980年代半ばには、高級オーディオの自主開発および生産から撤退した。 その後、1990年代半ばまで当時のグループ会社であった日本コロムビア(旧DENONブランド)からOEM供給を受け、CDプレーヤー、DATデッキ、デジタルアンプ、スピーカーなど販売を続行したものの、バブル崩壊の影響により販売を中止。市場から完全撤退した。 ちなみに、Lo-Dの冠をつけた若者向けのショールーム「日立ローディープラザ」を東京銀座の銀座インズ内(現在はHMV銀座店の一部になっている)にも設けたこともあった(その後ショールームは生産撤退後「日立ヤングプラザ」という名称に変更され、その後閉鎖された)。 高級オーディオの自主開発から撤退した1980年半ば、HITACHIブランドで展開していたゼネラルオーディオ機器(ラジカセ、ヘッドホンステレオ、ラジオなどのポータブル系)についても、事業を大幅に縮小。特にメインのCDラジカセについては、中・上位機種をパナソニック、シャープ、サンヨーからOEM供給を受け、下位機種は自社および共同開発品を韓国のLG(GoldStar)に生産委託していた。 この頃から、CDラジカセやヘッドホンステレオ、ポータブルCDプレーヤーにもLo-Dブランドが冠されるようになった。 なお、いわゆるミニコンポのジャンルに限っては、一定の人気があったため、しばらく自主開発・自社工場生産(日本国内および台湾)を継続した。 ミニコンポでは、1988年「ツインエディットコンポ」を発売。完全独立型トレイのツインCDプレーヤーによるクロスフェードREC(前曲の終わりと次曲の始まりをフェードアウト・フェードインでノンストップに繋げる機能)などといった多彩なカセットテープ編集機能と、中山美穂が双子のように演技するCMが若者に支持され一躍ヒット商品となり、1990年までの間、1年毎のモデルチェンジを経て3代目まで続いた。しかし、1990年代初頭以降、ソニーのピクシーやケンウッドのアローラといった、ミニコンポの性能をそのままにダウンサイジング化した「ミニミニコンポ」にトレンドがシフトすると状況が一変。日立も自主開発のミニミニコンポ「PeeWee(ピーウィー)」を発売したが、機能面、デザイン面でライバルに大きな差をつけられて惨敗。そのあおりを受け、1991年にはついにスピーカーを除くオーディオ製品の自主開発・生産から撤退した。 その後は1995年までシャープ、日本コロムビアから本体部のみOEM供給を受け、自社製のギャザードエッジスピーカーをセットにした高級路線のミニミニコンポ「ギャザードPeeWee(ピーウィー)」を企画・販売していた。 1996年、バブル崩壊でアイワに代表されるオーディオの低価格化志向が鮮明になり、「ギャザードPeeWee(ピーウィー)」の打ち切りと、それに伴い自社製ギャザードエッジスピーカーも生産終了。代わりに、LG(GoldStar)が開発して韓国内で展開していた製品を、日本向けにアレンジ(日本語表記/ラジオ周波数/電源など)したものがHITACHIブランドでOEM供給されていた(この頃は、Lo-Dブランドの表記はカタログのみとなり、日立のオーディオ製品全てがHITACHIブランドで統一されていた)。 1999年、オンキヨーのINTECシリーズがヒットしたことをきっかけに、単品コンポ並みの内部設計をミニミニコンポサイズに凝縮した「ハイコンポ」市場が形成された。日立も休止していたLo-Dブランドを復活。日本コロムビアから内部メカのOEM供給を受けて、4年ぶりの自社工場生産(シンガポール)のMD搭載ハイコンポを発売し、Lo-Dブランドの再起を図った。しかし、またしても当時のトレンドであるMDLP規格対応商品を発売できなかったことや、CD/MDラジカセやMDプレーヤー、メモリープレーヤーといったデジタルゼネラルオーディオ機器をすべてサンヨーからのOEM供給でまかなっていた事もあり、大型家電量販店に製品が並ぶこともほとんど無く、市場からの評価が得られなかった。 2002年、日立製作所が日本国内におけるオーディオ事業を終了し、当時子会社であった旧日立リビングサプライにオーディオ事業を譲渡した(EU圏のみ日立ヨーロッパがOEM商品の販売を続行したが、2006年末で完全撤退)。 この頃からLo-Dブランドは、Hitachi Living Systemsとのダブルネームで、同社が企画したCDラジカセ、ミニコンポ、ポータブルCDプレーヤーに付与されていたが、2008年4月には唯一残っていたLo-DブランドであるUSB対応CDラジカセの販売が終了。この商品を最後に、40年余り続いたLo-Dブランドの歴史に一旦幕が下ろされた。 2012年10月、CDラジカセ「CK-55」を発売。Lo-Dのブランド名が4年半ぶりに復活するとともに、しばらく途絶えていた日立のCDラジカセラインナップが復活した。 2015年1月現在では先述の「CK-55」の他に、ヤマダ電機の専売モデルとして、ベーシックモデルの「CK-5Y」と、リモコン付きモデルの「CK-7Y」がラインナップされている(日立のホームページには未掲載だが、取扱説明書は閲覧可能)。 なお、その他のオーディオ製品については、系列の日立マクセルはもとより、日本ビクター、ヤマハ、パイオニアなど系列外からも調達し、日立チェーンストールへ斡旋卸しを行っている。 こぼれ話として、家庭用オーディオ機器以外でも1970年代後半に「HMS-30」というアナログシンセサイザー楽器を、また1970年代後半から1980年代後半までカーオーディオシステム(スピーカー、アンプ、カセットデッキチューナー、液晶テレビ)をLo-Dブランドにて販売していたことがある。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「Lo-D」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|