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M1917は、アメリカ合衆国において小改良を加えライセンス生産されたFT-17軽戦車である〔。アメリカにおいて初めて量産された戦車でもあり〔Zaloga (Armored Thunderbolt) p. 2〕、アメリカ陸軍では1918年10月に採用された。 アメリカ陸軍では1918年から1919年にかけておよそ4,440両を発注し、キャンセルまでにおよそ950両を受領した。ただし、いずれも第一次世界大戦中にヨーロッパ戦線へ派遣されることはなかった。 == 歴史 == 1917年4月、連合国の一員として第一次世界大戦に参戦した段階で、アメリカは戦車を保有していなかった。参戦翌月、(AEF)では英・仏の戦車運用に関する調査を行い、戦争遂行の為にはアメリカ軍においても軽戦車および重戦車が不可欠であり、これを早急に調達すべきであると報告した〔Treat 'Em Rough!〕。これを受け、米仏英共同で新型重戦車()の開発が始まった。しかしこれを十分な数を調達するには翌年4月まで掛かる見通しとなった為、連合国戦車委員会(Inter-Allied Tank Commission)はアメリカ軍に対するフランス製FT-17軽戦車の給与を決定したのである。 調達目標数は当初1,200両とされていたが後に4,400両まで増加され、これに加えてサンプルのFT-17戦車を始めとする研究資料および部品がアメリカへと送られた。設計は「6トン特殊トラクター」(Six-ton Special Tractor)の秘匿名称の元で武器省が主導し、製造はいくつかの民間メーカーに打診された。しかし、ここで多くの問題が浮上する。まずFT-17戦車の設計国であるフランスはメートル法を採用していたが、アメリカでは帝国単位が使用されており、この単位系の差により米仏間で部品および製造施設の工業機械等の互換性が失われていた。さらに軍部と民間メーカー間の連携の欠如、非協力的な官僚、既得権益の存在などがプロジェクトの進行を大きく遅延させた。 当初、フランス軍では1918年4月までに300両程度のM1917戦車が確保されることを期待していたが、実際に生産が始まるのは秋になってからで、最初の車両が完成したのは10月になってからだった。休戦から9日過ぎた11月20日になって、ようやく2両のM1917戦車がフランスに送られる。12月にはさらに8両が送られた。1918年夏にはM1917戦車の供給がほぼ不可能と判断され、は代わりにフランスから給与されたFT-17戦車144両を配備した。 戦後、ヴァン・ドーン鉄鋼(Van Dorn Iron Works)、マクスウェル・モーター(Maxwell Motor Co.)、C.L.ベスト(C.L. Best Co.)の3メーカーで950両のM1917戦車が製造された。うち374両は37mm砲を、526両は機関銃を、50両は無線信号機を搭載した。これらはに配備された。同部隊はフランス戦線から戻った200両程度のFT-17戦車も保有していた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「M1917軽戦車」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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