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株式会社良品計画(りょうひんけいかく)は、無印良品(むじるしりょうひん)を展開する専門小売業者である。 == 概要 == 1970年代、量販店各社はプライベートブランド(PB)の開発に取組んだ。77年10月、西友はそれまでのPB商品を充実させるべく田中一光、小池一子の提案による「SEIYU LINE」をPBの総合ブランドして取り扱うことを決定した〔『セゾンの歴史 下巻 変革のダイナミズム』P161。〕。 その後にはそれら商品群をプロトタイプとして新たにラインナップを増やした上、田中の発案による英語のノーブランドグッズ(no brand goods)を和訳した「無印良品」をブランド名とし〔『セゾンの歴史 下巻 変革のダイナミズム』P164。〕、西友のほか、西武百貨店や阪神百貨店内のインショップ、加えてファミリーマート等で販売が開始された〔『セゾンの挫折と再生』P88。〕。また83年には青山に路面店を出店し、同店の内装には杉本貴志が関わった〔『デザインのデザイン』P105。〕。「わけあって安い」という当初のキャッチコピーは小池一子。 89年6月には、西友の100%子会社として(株)良品計画が設立され、92年9月には西友の子会社で休眠状態であった魚力に良品計画を合併させ、魚力が良品計画に社名を変更した〔『セゾンの挫折と再生』P90。〕。 良品計画はバブル崩壊後も、存在感とブランド力を保ち順調に成長を続けた〔『セゾンの挫折と再生』P169、P170。〕。また90年代後半には、グループ以外のジャスコ等にも商品供給を開始した〔『セゾンの挫折と再生』P171。〕。 2001年度には、ディスカウンターの台頭によって衣料品等が不振で業績が悪化するが〔『セゾンの挫折と再生』P173。〕、商品企画力の強化などの業務改革が奏功し〔『セゾンの挫折と再生』P176。〕、業績は回復に転じ〔『セゾンの挫折と再生』P177。〕、2015年3〜8月期の連結営業利益は160億円程度となり同期における最高益を更新すると報じられている〔「業績ニュース 良品計画が最高益160億円 3〜8月営業、国内で日用品好調」『日本経済新聞電子版』 2015年8月22日〕。 セゾングループ解体後、旧グループ各社との関係は薄れていたがその後ファミリーマートと資本提携〔株式会社ファミリーマート株式取得に関するお知らせ 良品計画 ニュースリリース 2006年3月23日〕をするなどして関係を再強化し、同チェーンでの取扱商品の数も増えている。旧グループの中ではファミリーマート〔2.00%所有の第7位株主。2015年2月末現在。〕のほかクレディセゾン〔2.25%所有の第5位株主。2015年2月末現在。〕が株主である。 海外ではMUJIブランドで展開し、これにあわせて日本でもブランド統一のためにMUJIロゴを前面に出していたが、近年、無印良品アドバイザリーボードの原研哉らによって無印良品に再び一本化された〔MUJI Cardに名は残っているほか、国内でもMUJIブランドを用いた事業展開として、東京ミッドタウンと新宿、2008年(平成20年)9月オープンの銀座松坂屋およびCafe Meal MUJIがある。〕。一時の多角化路線からは撤退したが、現在でもカフェやキャンプ場などを経営している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「良品計画」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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