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R4M(:ロケット弾、4キログラム、榴弾)は、最初期の実用的な多目的ロケット弾である。戦闘機に搭載され、空対空・空対地に使用されたが、特に空対空のロケット弾として有名である。発射後に顕著な噴煙の航跡を残すことから「オルカン」(、嵐)というあだ名を持っていた。 この兵器は第二次世界大戦中にドイツ空軍で開発され、戦争末期に短期間だけ使用された。戦後R4Mは、1940年代と1950年代のほぼ全ての要撃機で使用された数多くの類似兵器の手本とされた。 == 開発 == R4Mは、ドイツ空軍の戦闘機が搭載する対爆撃機用の兵器の重要度が増してきたことに応えて開発された。この類の兵器の設計は、フォッケウルフ Fw190の主翼内に搭載できるほど小型の20 mm MG 151 機関砲から始まったが、一般的な4発爆撃機を撃墜するには20 mm弾を平均20発要することが分かった。20 mm機関砲はメッサーシュミット Bf109にも搭載されたが、「109」の主翼下に取り付けられた抗力を増大させるガンポッドは30 mm MK 108 機関砲の物に交換(又は改造)された。MK 108のガンポッドは幾分大きくなっていたが、これであれば平均1発から3発の命中弾で4発爆撃機を撃墜することができた。しかしMK 108はかなり重く、その大きな弾薬を抱えて1回か2回以上の「航過」攻撃を掛けることは困難であった。さらに悪いことに、この機関砲の低い砲口初速では射程が非常に短く、1,000 m先で41 m以上も落下するほど弾道の低伸性が悪かった。命中弾を与えるためには目標に接近する必要があり、これは戦闘機自身を敵爆撃機の防御兵装の射程圏内に置くことを意味していた。より強力なMK 103 機関砲は重量とサイズの増加と引き換えにより高い砲口初速を持っていたが、発射速度はMK 108の600 - 650発/分に対し380 - 420発/分でしかなかった。 ネーベルヴェルファー42型から派生した「ヴェルファー=グラナーテ21」(Werfer-Granate 21:Wfr. Gr. 21)「ドデル」(Dodel)もメッサーシュミット Bf 109、Bf 110やフォッケウルフ Fw 190に取り付けられアメリカ陸軍航空軍(USAAF)爆撃機の密集編隊(コンバットボックス)を崩す用途に使用された。しかし、発射筒自体が既にかなりの抗力を生んでいることに加えて、それを主翼下面に固定している剥き出しの5本の支柱だけではなく発射後にロケット弾がかなり落下(ballistic drop)することを見越して発射筒を水平から約15°上向きに取り付ける必要があることも抗力の増大を更に悪化させていた。 主翼下面のガンポッドや抗力の大きい大口径のロケット弾発射筒を代替する解決策は、機関砲弾と同様の弾頭を備え持つ固体燃料で推進する小直径のロケット弾であった。「1発」の重量は比較対象となる機関砲弾よりも重くはなるが、機関砲本体が要らないことが相応に全体重量を軽減することになった。重量の差は顕著で、代替する機関砲よりも大きく長い射程を持つロケット弾の方が軽量であった。 空対空版のR4Mは、ほぼ1発の命中で撃墜を保証する520 gのヘキソゲン炸薬を内蔵する直径55 mmの大型弾頭を使用していた。1発のR4Mの重量は3.2 kgで、敵爆撃機の防御兵装の射程圏外の1,000 mの距離から発射しても十分な量の燃料を搭載しており、ロケット弾本体は安定板の役目を果たす飛び出し式の羽を備えた簡単な金属製の管であった。通常12発積み2基の架台で構成され、24発を一斉に発射すると1,000 m前方で15 × 30 mの範囲を覆い、1発で目標を撃墜することがほぼ確実であったのでこれで十分な散布範囲であった。R4Mは通常600 mの距離から6発ずつを0.07秒間隔で4斉射された。R4Mは2種類の弾頭を使用することができ、空対空用は0.4 kgの炸薬を搭載した通常の「PB-3」、対戦車用がパンツァーシュレックと同様の構造で大型の弾頭を持つ「パンツァーブリッツII」(Panzerblitz II:PB-2)であった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「R4M」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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