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ZUNTATA(ズンタタ)とは、タイトーのサウンド開発部門の総称である〔ZUNTATAオフィシャルサイトZ-FIELD 内「ZUNTATAについて」。〕。三拍子を口ずさむ「ずん、たっ、たっ」を捩った名称である。 == 変遷 == タイトーのサウンド開発部門が1983年に発足し、『ダライアス―TAITO GAME MUSIC VOL.2』(アルファレコード・GMOレーベル、1987年)で初めてこの名称が使われた〔〔Player 2007年3月号 ZUNTATAインタビュー記事。〕。 1988年、サイトロンレーベル(サイトロン・アンド・アートとポニーキャニオンの共同による)に移籍。6月に同レーベル最初の作品でもある『ニンジャウォーリアーズ -G.S.M.TAITO 1-』を、引き続きZUNTATA名義でリリースする。 ゲーム業界で加熱したサウンド開発部門(サウンドチーム)によるライブ活動の際には、1990年にホーンセクションも加えた大所帯バンドを結成し、演奏を披露した。バンド活動を行ったのは、当時セガ(後のセガゲームス)のS.S.T.BANDがアルバムをリリースしていたポニーキャニオンから「ZUNTATAもライブをやりませんか?」と誘われたのがきっかけだという〔「超アーケード」(多根清史・箭本進一・阿部広樹著、太田出版、2002年)p.202 - 215〕。ライブでは演劇仕立ての演出〔「超アーケード」によれば、脚本はデータイーストのMr.Kこと木内達也(当時ゲーマデリック所属)が手がけていたとのこと。〕を行なう等、先進的な創作表現を行なっている。 後にHAGGYやばび~らによるZUNTATA-J.A.M.(Junky As Machine)なるユニットも組まれ、電車でGO!シリーズのイメージソング等を歌った。 1996年10月、タイトーの社内レーベル「ZUNTATA RECORDS」を設立。 他社作品への楽曲提供も稀に行っており、1997年の『ガメラ2000』(デジタルフロンティア)を皮切りに、『ダークラビリンス』(エイチーム)などへの楽曲・効果音の提供が行われている。 2005年、タイトーがスクウェア・エニックス・ホールディングスの子会社となった後、全盛期スタッフの退社が相次ぎ規模は縮小しているが、従来のサウンド開発業務は遜色無く行われている。ゲームサウンド開発の他に、着信メロディ制作やモバイルサイト、イベントの企画など音に関連した多彩な業務を行っている。 2011年3月には東京・渋谷においてダライアスバースト アナザークロニクル開発者トークショーと併わせ12年ぶりにZUNTATA単独でライブを行った〔ZUNTATA,12年ぶりの単独ライブ。Ver.Up「Unlock A」の情報も公開された「ダライアスバースト AC」ライブ&開発者トークショーレポート 4Gamer.net〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ZUNTATA」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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