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『きょうを守る』(きょうをまもる)は、2011年の日本のドキュメンタリー映画。 == 製作 == 2011年3月11日、岩手県陸前高田市は、津波による甚大な被害を受けた。この年の夏、地元出身で山梨県立大学3年(当時)の菅野結花(かんのゆうか)が、故郷の陸前高田を撮影した。彼女自身も家族は無事だったものの、実家は流された。母や知人など、身近な9人へのインタビューで構成され、震災から4 - 5ヵ月経った時点でのそれぞれの「震災」が語られていく。 菅野の同級生や近所の人達は震災による津波で亡くなっていた。菅野は、被災者の立場で被災者の今を記録し、今を一生懸命生きる人々の姿を伝えたいと映画製作を思い立った。その思いを2011年5月16日、菅野がボランティアスタッフとして参加していたやまなし映画祭のディレクター(当時)・小澤智之、山梨県立大学の映画祭事務局長(当時)・前澤哲爾教授、そしてやまなし映画祭企画顧問(当時)の映画監督・崔洋一などに打ち明けたところ、崔洋一らから「自分の手で撮るべきだ」と進言され、映画製作は本格的に動き出した。 撮影にあたって、菅野は元テレビ山梨報道記者の小澤智之からビデオカメラによる撮影の基本を学んだ。そして撮影・編集用の機材は、前澤哲爾教授が提供した。撮影は2011年7月と8月の計5日間、陸前高田市で行われた。7月の撮影時には、前澤教授、小澤らも同行し、前澤教授が車両の運転、小澤がカメラの撮影や技術的な補助を行った。この模様は、NHK甲府放送局、山梨日日新聞、朝日新聞甲府総局、山梨放送の記者が同行取材を行い、各社の新聞やテレビで報道された。同行取材はなかったが、共同通信甲府支局も映画製作の記事配信を全国に行った。 監督・撮影・編集・ナレーションを務めた菅野は映像専攻の学生ではなかったが、被災者と同じ目線で撮影された映像は反響を呼び、2011年11月20日のやまなし映画祭での初上映以降、上記の各メディアによる報道の力もあり、これまで国内60カ所以上で上映、英語字幕版も作られ、アメリカ各地の大学でも上映された。 菅野は震災後、陸前高田への帰省を重ねる中で「今まで『当たり前』だと思っていた日常も、山梨で過ごしている今日の生活も、誰かに守ってもらっていたものだった」との思いを強くした。「陸前高田のこと、そして災害自体をも身近にとらえることで、その人の『きょうを守る』きっかけになれば」という思いが、作品のタイトルに込められている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「きょうを守る」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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