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撫牛(撫で牛、なでうし)とは、ウシ(牛)の座像の置物を撫(な)でて自分の病気を治す信仰習俗。 == 撫牛の信仰 == 撫牛とは、自分の身体の病んだ部分や具合の悪い部分をなでたあと、その牛の身体の同じ箇所をなでると、悪いところが牛に移って病気が治るという俗信であり、風習である。この信仰は、まじないの手法のひとつである「撫物(なでもの)」に由来する〔「撫物」からの連想によって信じられてきた妖怪に「撫で座頭」がある。〕。すなわち、みずからのツミやケガレ、邪気を人形に移して祓い、心身を清めるというものである〔豊島(1999)〕。このようなかたちの俗信には、信濃国善光寺(長野県長野市)や奈良東大寺大仏殿前の「おびんずる」(お賓頭廬〔十六羅漢のひとりビンドラ・バラダージャが、その起源といわれる。〕)や浅草寺(東京都台東区浅草)脇の浅草不動尊の「撫で仏」がある。 撫牛は、病気平癒のみならず、諸願成就にも効力があるとされ、開運を信じて常に牛の身体をなでていれば、出世はもとより、万事願いがかない、みずから思いもよらない幸運に恵まれることさえあるといわれる〔。子女の無病息災や子孫繁栄などの効能があるともいわれ、東京向島の牛嶋神社には、撫牛によだれ掛けを奉納する風習があり、それを生まれたばかりの乳児に掛けると元気に育つという口承(言い伝え)がのこる〔「牛嶋神社 石造神牛(撫牛)」 - 墨田区公式ウェブサイト〕。 撫牛信仰の起こりがいつの頃かはよく知られていない。しかし、病気平癒を主とする、上記のようなかたちでの信仰がさかんになったのは江戸時代からである。江戸時代中期以降の印刷物である『開運撫牛縁起』〔延享3年(1746年)の刷り物や文久4年(1864年)の刷り物が現存している。〕には、撫牛を祭って開運を得る手立てが示されており、山城国(京都府)の伏見稲荷大社門前に所在する伏見人形の店には、この印刷物が撫牛の置物とともに配布されていたといわれる〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「撫牛」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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