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さようなら、ギャングたち : ミニ英和和英辞書
さようなら、ギャングたち
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


さようなら、ギャングたち : ウィキペディア日本語版
さようなら、ギャングたち

さようなら、ギャングたち』は、高橋源一郎の長編小説。1981年に第4回群像新人長編小説賞の優秀作に選ばれた。同年『群像』12月号に掲載〔群像新人長篇小説賞受賞作・候補作一覧1-5回|文学賞の世界 〕。1982年10月に講談社より刊行された。著者のデビュー作。
人々が名前を失った世界を舞台にした語り手の物語を、古典文学から現代の大衆文化まで様々な引用を散りばめながら断章形式で描いた作品であり、吉本隆明などによりポップ文学の傑作として評価された。高橋はこの作品と『虹の彼方に』『ジョン・レノン対火星人』の三作で自分の個人的な1960年代を書きたかったとしている〔高橋源一郎 『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』 宝島社、1985年、32頁〕。
== あらすじ ==
かつて、人々はみな親からもらった名前を持っていた。そのうち人々はその名前を捨て自分で自分に名前をつけるようになり、しばしば名前との間に諍いが起こった。そして今では恋人たちの間で互いを名づけあい、密かに呼び合うだけになっていた。「わたし」は自分の恋人に、偉大な詩人の名をとって「中島みゆきソング・ブック」(S・B)という名前を与え、彼女は「わたし」に「さようなら、ギャングたち」という名前を与えた。「わたし」は詩の学校で教えながら、彼女と猫の「ヘンリー四世」とともに暮らしている。
S・Bに出会う前、「わたし」は別の女性と一緒に住んでいた。さまざまな名前で呼んでいた彼女には子供ができ、「わたし」はその子供を「キャラウェイ」と呼んでいた。「わたし」はキャラウェイにダンスと数学と早口ことばを教えるが、ある日役所から通達を受け、まだ四歳の彼女がまもなく死ぬことを知る。「わたし」は死んでしまったキャラウェイとときどき言葉を交わしながら、図書館のような幼児用墓地へと連れて行った。
「わたし」は詩の学校で、詩を書こうとしても何を書けばいいのかわからない、さまざまな人たちを教えている。形の定まらない「あばれどくとかげ」を飼うおばあさん、互いにそっくりな五つ子、冷蔵庫に変身したヴェルギリウス、「わけのわからないもの」、平凡な人間になりすました木星人。そしてある日、自宅でS・Bと「ヘンリー四世」といっしょに過ごしていると、そこで有名なギャングたちの訪問をうける。
「わたし」は四人のギャングたちの命令に従い、彼らに詩の授業を始める。「おしのギャング」に言葉を思い出させ、「でぶのギャング」に自分たちの存在意義を語らせ、つぎに「美しいギャング」に話をうながすと、彼はS・Bのもとに来て自分たちのもとに戻るように促し、彼女を連れて行ってしまう。
「わたし」はテレビを見ながら、顔を潰されないかぎり決して死なないギャングたちが、機動隊に追い詰められて悲惨な死を遂げていくのを見る。そのなかには「美しいギャング」とともに自決するS・Bの姿もあった。残された「わたし」は「ヘンリー四世」の頼みを聞いてトーマス・マンの短編集を探し始めるが、「ヘンリー四世」もまた臭い匂いを放ちながら縮んで死んでいってしまう。「わたし」はギャングの変装をして強盗をし、銅像になったギャング研究家を殺し、幼児用墓地を爆破しようとした後、自分はギャングになったと思い込みながら死んでいく。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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