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そごう呉店(そごうくれてん)は、かつて広島県呉市にあった百貨店。セブン&アイ・ホールディングス傘下の株式会社そごう・西武が「そごう」の屋号で運営していた店舗の1つである。 == 概要 == 地上7階建てで地下階は無い〔。呉駅とは2階のペデストリアンデッキで連絡し、さらに陸橋で国道31号を挟んだ道路の反対側とも連絡している。 通称:呉そごう。オープン時のキャッチフレーズは「呉ではじめての、都市型本格派百貨店」〔日本百貨店協会に入っている系列の店舗としては呉初である。ただし、1970年代に『大呉百貨店』(ジャスコ系列・現『クレアル』)・『銀座デパート』(ニチイ系列・現在閉店)・『いづみ呉店』(イズミ系列・現『イズミシティパルク呉』)があり、当時の百貨店並みの施設を有していた。また、市内には小規模店舗の福屋呉店がある。〕。 立地の経緯により、敷地の8割と建物の6・7階は呉市が所有し(後記参照)、年間1億円(2012年度)の賃料をそごう・西武は呉市に支払っている〔痛恨の極み…そごう呉店閉鎖 - 中国新聞 2012年6月28日〕。営業末期はそごう広島店の分店扱いになっていた(呉そごう時代も、広島店の旧法人である株式会社廣島そごうからの出資を受けるなどつながりが深かった)。 当地には、呉市交通局の施設が存在した。1981年(昭和56年)より再開発計画が検討され〔『呉市交通局60年史』(以降『60年史』とする)77ページ〕、交通局は国鉄が所有する隣地に建築した新庁舎に1988年(昭和63年)2月1日に移転。同月8日に『呉駅前西地区第一種市街地再開発計画』が認可され、建築を開始した〔『60年史』83ページ〕。1990年(平成2年)3月3日に、同時に建築していた貸しビル『交通局西中央ビル』が完成。同月18日『呉駅前西地区再開発ビル』に、『呉そごう』は開店した〔『60年史』86・87ページ〕。 建築は、第一種市街地再開発事業に基づき行われ、交通局の資産は再開発ビル(呉そごう)の6階と7階の一部と底地に権利交換された(新聞記事と一部異なる)〔『60年史』87ページ〕。 2012年(平成24年)6月27日、運営するそごう・西武が、そごう呉店を2013年1月末で営業終了する方針であると発表した〔そごう呉店閉店へ(広島県) - 日テレニュース24〕。その予定通り、2013年(平成25年)1月31日に閉店した。 最盛期の売り上げは、1993年(平成5年)2月期の212億円が最高であったが、呉駅の裏側に開店したゆめタウン呉の開店以降は売り上げは低迷。2012年(平成24年)2月期で、89億円になっていた〔そごう呉店、来年初め閉鎖へ - 中国新聞 2012年6月28日〕。 跡地の利用については2013年1月の閉店時点で決定していなかったが〔そごう呉店が23年の歴史に幕 - 中国新聞 2013年1月31日〕、2013年8月に報道各社が、イズミを主体とし天満屋などが入店する、複合商業施設になると報じられた〔そごう呉店 イズミが取得交渉 - NHK広島放送局 2013年8月13日〕〔イズミ、そごう呉店跡優先交渉 百貨店復活も計画 - 日本経済新聞 2013年8月13日〕〔イズミがそごうビル取得交渉 - 中国新聞 2013年8月13日〕〔そごう呉店跡地 イズミが優先交渉権(広島県) - 日テレニュース24 2013年8月13日〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「そごう呉店」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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