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飛鳥 弓樹(あすか ゆみき、1958年12月22日〔まんがseek・日外アソシエーツ共著『漫画家人名事典』日外アソシエーツ、2003年2月25日初版発行、ISBN 4-8169-1760-8、16頁〕 - )は、日本の男性〔漫画家。東京都豊島区出身〔。他に山口博史、やまぐちみゆきの名義も使用〔。なお、少女漫画家の山口美由紀および山口みゆき、山口博史_(作曲家)とは別人である。 == 略歴 == * 学生時代同人サークル「くを」を主催。 * 1980年、『月刊少年マガジン』と『マンガ少年』でのデビューは「山口博史」名義〔。 * 1986年、「やまぐちみゆき」と改名〔( - 1994年頃まで)。やまぐち名義の単行本『みちづれ超女隊』(一水社/1994年3月刊)あとがきに、「やまぐちみゆき名での仕事はこれで最後になります。これからは飛鳥弓樹をよろピくネ」とあり。 * 1980年代後半にファミコン通信の「禁断の秘技」コーナーで連載の「禁断の秘技子ちゃん」は山口みゆきの表記だった。 * 1989年から「飛鳥弓樹」に改名〔。 * 2007年より『みこすり半劇場』誌(ぶんか社)にて「やまぐちみゆき」名義での活動を再開。 * 当初「やまぐちみゆき」は4コマ専用のペンネームとしていたきらいがあり、それ以外の普通のコマ割り漫画には「飛鳥」というペンネームを使用していた。その為、一水社刊行「プチ・パンドラ」誌上において、「やまぐちみゆき」と「飛鳥」が同時に執筆という珍しい状況があった。なお、「飛鳥」名義の作品は全て「やまぐちみゆき」名義の単行本に納められ、その区分は曖昧となる。それに伴い、「飛鳥」というペンネームは事実上消滅している。 * 復刻版『おれのサーキット』中巻に掲載された自分史漫画によると2008年に発症した脳内出血により半身麻痺となり、商業活動は断念したものの、左手で絵を描いて息子が出している漫画同人誌に寄稿しているという。また、本名の山口博史から改名したのは青年誌で自分の可能性を試してみたかったとのこと。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「飛鳥弓樹」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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