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よしの冊子(よしのぞうし)とは、寛政の改革で知られる松平定信の家臣・水野為長が、世情を定信に伝えるために記録した18世紀の風聞書〔における寛政改革の考察 橋本佐保、立教大学史苑 70(2), 2010-03-19〕。官界やそれらを取り巻く世間の内幕情報をまとめたもので、門外不出だったが、1820年ごろに発見された〔水野三公、こだわりアカデミー、2001年〕。書かれている内容は噂話であるため必ずしも史実とは限らないが、当時の世相を知る貴重な資料として多くの著作に利用されている〔。原本は無題だが〔、一段落ごとに「そのようだ」という伝聞を意味する「よし(由)」とあったことから、「よしの冊子」と呼ばれるようになった〔。 == 概要 == 賄賂が横行した田沼意次の時代が終わり、1787年に松平定信が30歳という若さで老中に抜擢されたが、経験の浅い定信は政府の内部事情に疎かったため、側近の水野為長が隠密を使って情報を集め、要旨をまとめて定信に渡していた〔。その原本は、天明初年 - 寛政中期(18世紀後半)に書かれ、全部で169から200冊あったと言われるが、所在はわかっていない〔風聞書「よしの冊子」の史料学的研究―テキストマイニングによる分析 立教大学学術推進特別重点資金(立教SFR)大学院生研究、2011年度研究成果報告書〕。1830年(文政13年)に田内親輔が定信の遺箱の中から為長筆の原本を発見し、藩友以外に見せないよう明記の上、後世に定信の施政を伝える資料として抄出した〔。現存する写本はこの親輔の抄本を基にしており、桑名市立中央図書館、国立国会図書館、慶応大学に所蔵されている〔。 内容は、個人の風聞・評判や人事が中心で、そのほか、定信邸内の事柄、都市や農村の情報、対外政策、思想まで多岐に渡る〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「よしの冊子」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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