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ハジ・アブドゥル・カディール(、Haji Abdul Qadir、1951年? - 2002年7月6日)は、アフガニスタンの政治家。パシュトゥーン人。ジャラーラーバード出身。パシュトゥーンの有力なアルサラー一族〔山根聡「アフガニスタンの軍閥と中央政権」 鈴木均編『アフガニスタン国家再建への展望』明石書店、2007年〕で、曾祖父は、シール・アリー・ハーンの下で外相をつとめた人物である。弟にアブドゥル・ハクがいる。 == 経歴 == 対ソ連戦では、ユーヌス・ハーリス派に属し、ナンガルハール方面の司令官であった。 1992年ムジャーヒディーン政権が成立し、アフガニスタン東部のナンガルハール州知事に任命される。 1990年代中盤、スーダンからやって来たウサーマ・ビン・ラーディンのアフガニスタン到着を歓迎するなど、アラブ人過激派に寛容な姿勢をとっていた。 1996年、ターリバーンとの交渉失敗後ドイツへ逃れ、後にドバイへ移った。 ターリバーン政権崩壊後の2001年12月都市開発大臣に就任、さらに2002年6月副大統領兼公共事業大臣となるが、同年7月6日に暗殺された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ハジ・アブドゥル・カディール」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Abdul Qadir (Afghan leader) 」があります。 スポンサード リンク
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