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アメリカ連合国(アメリカれんごうこく、英語:Confederate States of America、略号:CSA)は、アメリカ合衆国からの分離独立を宣言した南部諸州が構成した国。南部連合、南部同盟、アメリカ南部連邦等とも呼ばれる。1861年から1865年までの4年間存在し、南北戦争の敗北により消滅した。「ディキシー」のニックネームでも知られる。 アメリカ連合国が動員した軍事力(アメリカ連合国陸軍、アメリカ連合国海軍)を日本では「南軍」といい、アメリカ連合国の代名詞として南軍が使われている。 == 歴史 == === 背景 === 当時、南部と北部との経済・社会・政治的な相違が拡大していた。農業中心の南部では、黒人奴隷労働に依存したプランテーションが盛んで特に綿花をヨーロッパに輸出していた。また農園所有者が実質的に南部を支配していた。イギリスを中心とした自由貿易圏に属することが南部の利益だったため、南部は自由貿易を望んでいた。 北部では急速な工業化が行われており、新たな流動的労働力を必要とし奴隷制を必要としなかった。また、商工業振興のため、保護関税や交通網の整備などが求められ、特に南部に比べて保護貿易への期待が高かった。 南部では、南部の上げた利益が税金などとして連邦に吸い上げられ北部の重工業化などに使われることへの反発があった。一方で、近代化し都市化する北部が人口の面でも政治・経済・文化の面でも南部を圧倒し、やがてアメリカが北部中心の国となることへの恐れがあった。連邦を掌握する北部が次第に州の権利を弱め、奴隷制廃止などに対する南部の抵抗も不可能となり、南部の文化は破壊されるだろうという恐怖が南部に広がった。一方で北部には、南部が奴隷制を維持するだけでなく国内に広げようとしているという警戒心があり、奴隷労働が人々の職を奪うことへの危機感があった。 北部で奴隷制度廃止運動の機運が高まると、奴隷労働を必要とした南部は反発し、奴隷制を巡る合衆国内の対立はしだいに大きくなっていった。そこで、奴隷制を認める州(奴隷州)と認めない州(自由州)とを半々とすることによって勢力バランスをとるため、1820年にミズーリ州が奴隷州として合衆国に加入する代わりに、以後北緯36度30分より北に奴隷州をつくらない、というミズーリ協定が成立した。 しかし米墨戦争の結果、合衆国の領土は太平洋岸まで拡大し、新たに獲得した地域にできた州を奴隷州とするかどうかをめぐり奴隷州と自由州の対立が激化した。結果、カリフォルニア州を自由州として、ニューメキシコ、ユタについては州に昇格する際に住民自らが奴隷州か自由州かを決定すること(人民主権)となった。これによって、南部は奴隷州が少数派となること、すなわち上院議員の数が自由州側の方が多くなることに危機感を抱いた。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アメリカ連合国」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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