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アユタヤ王朝年代記 (王統史などとも書かれる, ) とは現在のタイ王国に存在した王朝、アユタヤの歴史を記録した、ポンサーワダーン形式の編年体の歴史書である。英語では通常、Royal Chronicle of Ayutthayaと書かれることが多い。 後述するように、タイにおける支配者によって書かれた「正史」の様な存在であり、恣意的な校訂(チャムラ)がなされているが、タイの歴史研究における重要な一次史料の一つとして扱われる。 ==概要== 前述した様に年代記はいわゆるポンサーワダーンの形式で書かれており、書かれた目的は明確ではないが、歴史・言語学者のチット・プーミサックは「アユタヤに降臨した神の化身の歴史」と唱えており、歴史学者のデビッド・K・ワイアットも王の徳を強調する為の物〔David K. Wyatt "Chronicle Traditions in Thai History" from "Studies in Thai History" Silkworm Books 1994〕であるとしている。そのため、アユタヤ王の行った事柄に、話題の中心がおかれており、一部を除き、ほとんどの伝本において、アユタヤ王朝以前の歴史を、扱っていない。 初期の年代記の編集は主に「チョットマーイヘット」と呼ばれる、王宮内の天文学者によるメモを用いたものであると推定され〔、それを元に編年体でまとめ上げられたものである。以降、チャムラ () と呼ばれる「校訂」を経て徐々に肉付けされ、『御親筆本』などの各種の伝本ができあがった〔石井米雄 『タイ近世史序説』II-7『ポンサーワダーンについての一考察』 岩波書店 1999年11月29日〕。 ちなみに、アユタヤ王朝年代記のうちアユタヤ王朝期に成立したものは、『ファン・フリート本』および『ルワン・プラスート本』、(ダムロン親王によれば『小暦1136年本』も)のみであり、1767年のビルマの侵攻によってアユタヤ王朝期の伝本のほとんどが損失したと考えられている。また、残ったチャクリー王朝期に成立したものはチャムラ(校訂)を経て成立したものであり、意図的にせよそうでないにせよ、不確かな情報が紛れて込んでいる可能性がある。なお、トンブリー王朝時代にはほとんどチャムラは行われて居なかったものと推測されている〔。 特に、歴史学者、石井米雄はラーマ1世時代の『御親筆本』におけるチャムラ(校訂)はアユタヤ王朝最後の王家であるバーンプルールワン王家おとしめ、仏教王としての正当性を誇示するものであったことを示唆しており、史料として使う際はこの点に留意する必要があることを指摘している〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アユタヤ王朝年代記」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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