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『アルノルフィーニ夫妻像』(アルノルフィーニふさいぞう (、))は、初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクが1434年に描いた絵画。合計3枚のオークのパネル(板)に油彩で描かれたパネル画である。日本では『アルノルフィーニ夫婦像』、『アルノルフィーニ夫妻の肖像』などと呼ばれることもあり、精緻な油絵の嚆矢として、西欧美術史で極めて重要視されている作品である。 二人の人物の全身像が描かれた絵画で、イタリア人商人ジョヴァンニ・ディ・ニコラ・アルノルフィーニ (:en:Giovanni Arnolfini) とその妻を、フランドルのブルッヘにあった夫妻の邸宅を背景として描いた作品だとされている。作品にこめられた寓意性〔Ward, John. "Disguised Symbolism as Enactive Symbolism in Van Eyck's Paintings". ''Artibus et Historiae'', Vol. 15, No. 29 (1994), pp. 9-53〕、独特の幾何学的直交遠近法〔Elkins, John, "On the Arnolfini Portrait and the Lucca Madonna: Did Jan van Eyck Have a Perspectival System?". ''The Art Bulletin'', Vol. 73, No. 1 (Mar., 1991), pp. 53-62〕、背面の壁にかけられた鏡に映し出される反転した情景〔Ward, John L. "On the Mathematics of the Perspective of the "Arnolfini Portrait" and similar works of Jan van Eyck", ''Art Bulletin'', Vol. 65, No. 4 (1983) p. 680〕〔Seidel, Linda. "Jan van Eyck's Arnolfini Portrait": Business as Usual?". ''Critical Inquiry'', Vol. 16, No. 1 (Autumn, 1989), pp. 54-86〕など、西洋美術史上でも極めて独創的で複雑な構成を持った作品で、婚姻契約の場面を記録するために描かれた珍しい絵画であると見なす美術史家もいる〔Harbison, Craig. "Sexuality and Social Standing in Arnolfini's Double Portrait". ''Renaissance Quarterly'', Vol. 43, No. 2 (Summer, 1990), pp. 249-291〕。 美術史家エルンスト・ゴンブリッチは「イタリアのルネサンスにおけるドナテッロやマサッチオの作品と同じように、新たな境地を開いた革命的といえる作品である。魔法のように現実の室内がパネルに再現されている。事物をありのままにとらえることが出来る、完璧な観察眼を持った史上最初の芸術家である」としている〔Gombrich, E.H., ''The Story of Art'', p. 180, Phaidon, 13th edn. 1982. ISBN 0-7148-1841-0〕。作者ファン・エイクのサインが1434年の日付とともに記され、同じくファン・エイクと兄のフーベルト・ファン・エイクが描いた『ヘントの祭壇画』とともに、パネルに描かれた油絵としてはもっとも古く、かつ有名な絵画である。ロンドンのナショナル・ギャラリーが1842年に購入し、それ以来ナショナル・ギャラリーが所蔵している。 ファン・エイクは半透明で艶のある薄い顔料を幾層にも塗り重ねる手法で『アルノルフィーニ夫妻像』を仕上げた。生き生きとした色調はこの作品に現実味を与え、アルノルフィーニの世俗的な財産と富裕さを描き出している。ファン・エイクは、それまで主流だったテンペラよりも油彩のほうが乾燥時間が長くかかることを利用して、まだ濡れている絵具層のうえから新たな絵具を乗せて混ぜ合わせる技法を用いた。この技法によって、微妙な陰影を作り出し、三次元の形状を絵画に表現することに成功したのである。さらにファン・エイクは油絵具の使用によって、様々なモチーフの表面が持つ質感を正確に描きあげた。また、『アルノルフィーニ夫妻像』には、画面左側の窓から射し込む光が、直接、あるいは拡散して、室内のモチーフの表面に反射している様子が描かれている。このことから、背景の鏡の脇に吊り下げられているロザリオの珠の一つ一つに表現されているハイライトのような細部の描き分けに、拡大鏡を使用したのではないかと考えられている。 『アルノルフィーニ夫妻像』に見られる錯視的技法は、当時の絵画としては懸絶した水準にある。細部にわたる詳細表現だけではなく、特に室内の空間を表現する光の表現が「屋内の様子とそこにいる人間の描写として、これ以上に説得力あふれるものはない〔Dunkerton, Jill, et al., ''Giotto to Dürer: Early Renaissance Painting in the National Gallery'', p. 258. National Gallery Publications, 1991. ISBN 0-300-05070-4〕」と言われている。この作品がどのような情景を描いたものなのかについては、様々な説がある。美術史家クレイグ・ハービソンは「15世紀にファン・エイクが描いた、現存する唯一の当時の一般家庭の室内を表した絵画で、この作品がいかなる情景を描いたのかは正確にはわからない。確実にいえそうなのは、日常生活を描いた最初の風俗画ではないかということだ」としている〔Harbison, 1991, p. 33 (a claim that might not be agreed by everyone)〕。 == 概要 == わずかな顔料の剥落や損傷に対する修復はあるが、この作品の保存状態は非常によい。赤外線リフレクトグラムによる調査で、二人の表情、鏡などに多くの細かな修正が下絵の段階で加えられていることが分かっている〔Campbell 1998, pp. 186-191.〕。描かれている部屋は二階以上の部屋で、窓の外に見える桜が果実をつけていることから季節は夏と考えられる。この部屋は一般に思われているようなベッドルームではなく客間である。フランスやブルゴーニュ地方の習慣では客間にあるベッドは普段椅子として使われるもので、乳幼児を連れた母親が来訪したときくらいしかベッドとしては使用されないのが普通だった。窓の内側には6枚の木製のよろい戸があり、最上部には青、赤、緑に着色されたガラスで飾られている〔。 人物は二人とも豪奢な衣装を身に着けている。季節は夏であるにも関わらず男性はタバード(袖なし、あるいは袖の短いショートコート (:en:Tabard))姿、女性は厚いドレス姿で、しかも毛皮で縁飾りが施されている。縁飾りに使用されている毛皮は男性がセーブル(クロテン)、女性がアーミン(シロテン)で、どちらも非常に高価なものである。男性は夏に用いられることが多い、黒く着色された麦藁帽子を被っている。短いコートは経年変化で退色してしまっている現在の色よりも紫に近い色で、シルクベルベッドのような高価な素材だと考えられている。コートの下にはシルク織と思われる模様のついたダブレット(襟と袖のある身体に密着した上着 (:en:doublet))を着用している。女性のドレスの袖には手の込んだ波状の飾りが施され、長いトレイン(ドレスの後ろに引きずる部分)がついている。ドレスの下に着ている青い服にも白い毛皮で縁取りがされている〔。 女性が身に着けている装身具はシンプルな金のネックレスと指輪だけであるが、歴代の鑑賞者たちにはどちらも極めて高価なものに違いないとみなされ続けてきた。ただし、全体としては装飾品は控えめであり、とくに男性は商人という職業にふさわしい慎み深い衣服であると考えられている。貴族階級の男性を描いた肖像画は、金鎖などで華美に飾り立てた衣装を着用したものが多かった〔。「この男性の衣服の控えめな色使いは、(ファン・エイクのパトロンだった)ブルゴーニュ公フィリップ2世の好みと一致している」とも言われている〔Harbison 1991, p. 37〕。 室内にも富裕を意味する調度品が描かれている。大きく、入念な装飾が施された真鍮のシャンデリアは非常に高価なものである。このシャンデリアには引き降ろしてロウソクの手入れをするための滑車装置が上部にあったと思われるが、ファン・エイクはこの部屋には不要なものとして描かなかった可能性がある。人物像の背後にはキリスト受難が描かれた上にガラスをはめ込んだ木製のフレームに縁取られた凸面鏡がある。これは当時実際に制作可能だった凸面鏡よりもサイズが大きく、ファン・エイクによって実物よりも若干誇張して描かれている。部屋には鏡に映っている場所も含めて、富を意味する暖炉はなく、暖炉にくべる薪や焚き付けなどもない。しかしながら何気なく置かれたように見える、画面左に描かれたオレンジは富を象徴している。オレンジは当時のブルゴーニュでは非常に高価な果物であり、アルノルフィーニが取り扱っていた商品の一つだったのかもしれない。さらなる富裕の象徴として、天井に固定された鉄の棒で支えられているであろう精巧なベッドの天蓋や、背後に置かれた椅子やベンチに施された彫刻があげられる。床に敷かれた小さな東洋のカーペットも富裕を表している。このような高価なものは、床ではなくテーブルクロスに用いるのが普通であり、ファン・エイクの故郷オランダでも同様だった〔〔。 凸面鏡にはアルノルフィーニ夫妻像と対峙して、ドアのすぐ近くにいる二人の男性が映し出されている。手前の赤い服の男性はファン・エイク自身だと考えられているが、ベラスケスが、絵画制作中の自身の姿を描き入れた『ラス・メニーナス』とは違って、ファン・エイクは絵を描いている姿で描写されてはいない。研究者たちが、この赤い衣服を身につけたこの男性像をファン・エイクだと考えているのは、ファン・エイクの自画像だとされている『ターバンの男の肖像』(1433年、ナショナル・ギャラリー(ロンドン))や、『宰相ロランの聖母』(1435年ごろ、ルーヴル美術館(パリ))の遠景に小さく描かれているファン・エイクの自画像だと考えられている男性などが、赤いターバンを巻いていることに因っている。また、二人の足元に描かれている小型犬は、現在のブリュッセル・グリフォンの祖先である〔。 鏡の上に「ヤン・ファン・エイクここにありき。1434年。 (''Johannes de eyck fuit hic. 1434'' )」と日付つきの署名がある。この署名は当時の格言や箴言を大きな文字で壁に書いたかのようにも見える。他に現存しているファン・エイクの署名は絵画が収められている木製の額縁にだまし絵風に書かれており、あたかも額縁に署名が彫刻されているかのように書かれている〔〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アルノルフィーニ夫妻像」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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