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アルマトイ(, アルマトゥ、)は、カザフスタン共和国南東部の都市。カザフスタンの経済、教育、文化の中心地であり、「南の首都」とも呼ばれる〔宇山、藤本『カザフスタンを知るための60章』、44-47頁〕。 キルギス共和国および中華人民共和国との国境に近い風光明媚な街である。中央アジア最高水準の世界都市であり〔World City 〕、1998年まで同国の首都であった。2002年まではアルマトイ州の州都であったが、2003年に州都の地位をタルディコルガンに譲り、政令指定地区とされた。カザフ国立大学をはじめ多くの高等教育機関、政府機関などがある。2014年10月当時の人口は約1,530,000人、カザフスタン最大の人口を有する同国唯一の百万都市である〔。 1991年にソビエト連邦を解体し、独立国家共同体を始動した協定はここアルマトイで調印された。遷都後の現在でもアルマトイはカザフスタンで最大の都市であり、商工業・文化の中心都市である〔宇山『中央アジアを知るための60章』第2版、151頁〕。 == 地名 == 日本語に広く定着している「アルマトイ」は町の名前のキリル文字綴りをロシア語の日本語転写の慣例によってカタカナに写した場合、「アルマトゥイ」となるはずのものを、さらに「トゥイ」を「トイ」に略したものである(ыを参照)。カザフ語の発音に近い「アルマトゥ」と書かれることもある。 アルマトゥ () は、1921年に現在のカザフスタンの前身である自治共和国が成立する前から町を指して使われていたカザフ語の名称であり〔宇山『中央アジアを知るための60章』第2版、150頁〕〔岡「アルマトゥ」新版『ロシアを知る事典』、29-30頁〕、19世紀にロシア人がこの地に進出した後もカザフ族からはアルマトゥと呼ばれることが多かった〔宇山「アルマトゥ」『中央ユーラシアを知る事典』、43頁〕。語源は「リンゴの里」であり、かつては町の近辺にリンゴ林が広がっていたが、現在は都市開発に伴ってリンゴの樹は数を減らしている〔『中央アジア』、69-70頁〕。 かつて、日本を含め国際的にはこの町はアルマ・アタ という名称で呼ばれていた。これは、カザフ語ではなくロシア語での呼称で、ソ連時代に事実上の公式名称となっていたものである。アルマ・アタ(英:Alma-Ata)は、カザフ語でアルマ () は「リンゴ」、アタ () は「父」を意味するため、「リンゴの父〔蟻川明男『世界地名語源辞典』(三訂版, 古今書院, 2003年3月)、26頁〕〔辻原『世界地名情報事典』、36頁〕」を意味していた。 町の元になったヴェールノエ要塞は「忠誠の土地」を意味する言葉である〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アルマトイ」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Almaty 」があります。 スポンサード リンク
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