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アル=カーイダ、アルカイダ(、、)は、イスラム主義を標榜するスンナ派ムスリムを主体とした国際的なネットワーク、思想、運動。 1990年代以降、主としてアメリカ合衆国を標的とした数々のテロ行為を実行したとされ、2001年のアメリカ同時多発テロ事件は、世界に大きな衝撃を与えた。 ==概要== アラビア語で「アル(、)」は定冠詞、「カーイダ(、)」は「座る」を意味する動詞「カアダ(, )」の派生名詞で「大本」、すなわち「基地・基盤・座」を意味し、英語直訳はThe Base。日本語ではアルカイダと書かれることも多い。外務省の文書には、「アル・カーイダ」「アル・カエダ」「基地」といった名称が紹介されている。 ウサーマ・ビン=ラーディンはアル=カーイダの精神的指導者であり、財力を用いて初期の反米闘争の組織を起ち上げた。アル=カーイダのナンバー2とされていたアイマン・ザワーヒリーはイスラーム神学者。1986年、二人はサウジアラビアのジッダで初めて会ったとされる。組織作りや資金集め、組織の代表として声明などを出す役割はビン=ラーディンが担い、テロに関する宗教的な理論面や作戦面は、学識のあるザワーヒリーが担っていたとされる。2011年5月にビン=ラーディンがアメリカ軍によって殺害されると、翌6月、アル=カーイダは、ザワーヒリーが新たな指導者に選出されたと発表した〔。 アル=カーイダの実態についてははっきりしないことが多く、現在では、アル=カーイダが一つのまとまった組織として存在しているかどうかで議論が分かれている。CIAの元工作員でイスラーム主義組織の専門家であるマーク・セイジマン(Marc Sageman)によると、アル=カーイダとは、軍隊のような明確な階級が存在する指揮命令系統を有する組織ではなく、 人々が自発的に集合する社会運動のようなものであって、 明瞭な境界や構成員が存在しない、とする。特に2001年のアメリカ軍によるアフガニスタン侵攻以降についてはビン=ラーディンの指揮によるものではなく、 地域ごとに自発的に集まった人々によってアル=カーイダの名の下に勝手にテロが行われていると指摘した。 また、軍事力は明確なターゲットに対しては有効であるが、アメリカ軍と同盟国によってそれらが破壊され組織が拡散してしまった現在では、軍事力の行使とは異なる対策、すなわち人々が暴力的なテロ運動に参加することを阻止する必要があると指摘した〔。 また、ブッシュ家と深い関係にあるサウジアラビア王族のバンダル・ビン・スルターン(又はその背後のサウジアラビア総合情報庁)が、アルカーイダなどの過激派に対して、隣国イラクやシーア派の軍事大国のシリア、イランを弱体化させる目的に影で支援してきたとされ、駐シリアヨルダン大使やイラン、一部のジャーナリスト、学者は、アルカーイダの真の指導者はバンダルであると主張している〔Saudi Prince is real leader of al-Qaeda ALALAM 2013年10月19日〕〔‘Bandar Bush’ is back calling the shots on ISIL’s advance through Iraq Intrepid Report 2014年7月7日〕〔Global Terrorism and Saudi Arabia: Bandar’s Terror Network Global Reseach 2014年1月11日〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アルカーイダ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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