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アングロ=ノルマン語(アングロ ノルマンご、Anglo-Norman language)は、かってイングランドで用いられたロマンス語に分類される言語。もともとは古代ゲルマン語の一言語であったが、次第にロマンス語化した。 == 概要 == 1066年のノルマン・コンクエストによりイングランドにノルマンディー地方で話されていたオイル語(北フランスの言語のひとつ)の一種であるノルマン語がもちこまれて形成された〔ジャン=ブノワ・ナドー、ジュリー・バーロウ 『フランス語のはなし』 立花英裕 監修 中尾ゆかり 訳、大修館書店、2008年、12頁。 〕。アングロフレンチ(Anglo-French)とも呼ばれる〔『小学館ランダムハウス英和大辞典(1992年 第19刷)小学館、101頁。〕〔リーダーズ英和辞典初版では、Anglo-French(アングロフランス語)は「ノルマン王朝で用いられたフランス語」、Anglo-Norman(アングロノルマン語)は「Anglo-French の一方言」と定義されている。Introduction to the On-Line AND 1. Anglo-French and the AND では、当時の言語状況に鑑みて、伝統的に用いられてきた Anglo-Norman よりもより総称的な Anglo-French を用いるべきであるとしている。〕。ノルマン・コンクエスト以降、アングロ=ノルマン語がイングランドの貴族社会の言語となり、英語も古英語から中英語に変化した。英語の単語の半数ほどがアングロ=ノルマン語に由来するといわれる〔 Anglo-French and the AND by William Rothwell The Anglo-Norman ON-Line Hub (Funded by the Arts and Humanities Research Council of the United Kingdom)〕。 ウィリアム征服王によるノルマン・コンクエストの時代に、ウィリアム以下ノルマンディーから北部、西部フランス出身の侵攻者が話していたのはオイル語の各方言であり、そのひとつにノルマン語があった。そのほか、西部フランスで使われていたピカルディ語の方言を話す者がいたとも考えられている。これら諸言語が融合してアングロ=ノルマン語という孤立した言語集団が形成され、12世紀から15世紀まで文章語、のちには行政語として広く用いられた。 もちろんこの時代の話し言葉の正確な状況について詳細を知るのは困難で、確実な知識が得られるのは書面語のみである。しかしアングロ=ノルマン語がノルマン貴族の話し言葉として広範囲に用いられたこと、また法廷、学校、大学などで用いられ、のちには下級貴族や勃興しつつあった町人階級の少なくとも一部で使用されたことは明らかである。13世紀から15世紀にかけて、私信や商用信がアングロ=ノルマン語で書かれており、13世紀半ば以降に作られた非母語話者向けの教材の原稿が残っていることから、貴族以外の階級でもアングロ=ノルマン語の学習に意欲的であったことがうかがえる。 アングロ=ノルマン語は最終的には英語に押され消えゆくことになるが、この時期に広く流布したことで英語の語彙に現在にまで及ぶ影響を与えた。そのため現在でもドイツ語やオランダ語に見られるようなゲルマン語起源の単語は、英語では一部が失われ、多くの語ではアングロ=ノルマン語起源の類義語と共存することになった。文法的にはあまり永続的な影響は与えていないが、''attorney general''(司法総裁)、''heir apparent''(法定推定相続人)、''court martial''(軍法会議)、''body politic''(統治体)など、行政用語、法律用語の中に形容詞が名詞に後置するものがみられる〔Crystal, David. ''The Cambridge Encyclopedia of the English Language'' Amended version. Cambridge University Press, 1995.〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「アングロ=ノルマン語」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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