翻訳と辞書
Words near each other
・ アントン・コワレウシキー
・ アントン・コワレフスキー
・ アントン・コービン
・ アントン・ザイドル
・ アントン・ザイラー
・ アントン・ザイリンガー
・ アントン・シカレロフ
・ アントン・シハルリドゼ
・ アントン・シュカプレロフ
・ アントン・シュタウス
アントン・シュタットラー
・ アントン・シュタッドラー
・ アントン・シュタートラー
・ アントン・シュタードラー
・ アントン・シュターミッツ
・ アントン・シュニン
・ アントン・シュミット (駆逐艦)
・ アントン・シュレポフ
・ アントン・シュワルツコフ
・ アントン・シルアノフ


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

アントン・シュタットラー : ミニ英和和英辞書
アントン・シュタットラー[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

アントン・シュタットラー ( リダイレクト:アントン・シュタードラー ) : ウィキペディア日本語版
アントン・シュタードラー[ちょうおん]

アントン・シュタードラー(Anton Stadler、1753年6月28日 - 1812年6月15日 ウィーン)は、オーストリアクラリネット奏者、バセットホルン奏者、作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトとの親交で知られる。
== 生涯 ==
音楽家であり靴屋のヨゼフ・シュタードラー(Joseph Stadler)を父として生まれる。弟ヨハン・シュタートラー(Johann Stadler)と共に音楽教育を受けたと考えられ、1773年にの演奏会において演奏家としてデビューを飾っている。その後1779年ウィーン宮廷楽団と契約し、1780年にフランシスカ・ビヒラー(Francisca Bichler)と結婚している。フランシスカとは後に8人の子供をもうけ、3人が成人している。モーツァルトと親しくなったのもこの時期と考えられている。1787年には宮廷楽団に正式に入団し、1791年頃から単独で演奏旅行を行うようになり、各地で名声を博した。1812年にウィーンで貧窮の中に没する。
シュタードラーは私生活上の問題が多く、各所に少なからぬ負債があった他、1801年以降は愛人と暮らすために妻フランシスカと別居してもいる。また、モーツァルトと同様にフリーメイソンに入会しており、モーツァルトと親しくなるきっかけだったとも伝えられている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アントン・シュタードラー」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.