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アーラム・シャー : ミニ英和和英辞書
アーラム・シャー[らむ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ラム : [らむ]
 【名詞】 1. (1) lamb 2. (2) rump 3. (3) rum 4. (4) RAM (random access memory) 5. (P), (n) (1) lamb/(2) rump/(3) rum/(4) RAM (random access memory)

アーラム・シャー ( リダイレクト:アーラーム・シャー ) : ウィキペディア日本語版
アーラーム・シャー[らむ]

アーラーム・シャー(Aram Shah, 生年不詳 - 1211年)は、北インドデリー・スルターン朝奴隷王朝の第2代君主(在位:1210年 - 1211年)。即位前の名はアーラーム・バフシュ(Aram Bakhsh)といった〔荒『インドの「奴隷王朝」 中世イスラム王権の成立』、p.50〕。
==生涯==
父は奴隷王朝の創始者であるクトゥブッディーン・アイバクとされるが、養子という説もあり、実子であるか養子であるかは確定していない〔荒『インドの「奴隷王朝」 中世イスラム王権の成立』、p.50〕。前後の情勢と彼が直ちに王位を継承していることから、実子ではないにしても、義子あるいは比較的近い血縁関係にあったのだという〔荒『インドの「奴隷王朝」 中世イスラム王権の成立』、p.50〕。
1210年、父アイバクが落馬事故で急死したため、アーラーム・シャーはラホールの宮廷で貴族らに擁立され、その王位を継承した〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.110〕。
だが、アーラーム・シャーは悪政を布いたといわれ、別の貴族らは軍司令官でアイバクの娘婿であったイルトゥトゥミシュデリーに呼び寄せ、擁立しようとした〔荒『インドの「奴隷王朝」 中世イスラム王権の成立』、p.50〕〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.110〕。
1211年、アーラーム・シャーはデリー郊外でイルトゥトゥミシュと戦い、敗れて殺されたいう〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.110〕。こうして、アイバクの王統は2代5年で断絶した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アーラーム・シャー」の詳細全文を読む




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