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イドリス・カルロス・カメニ(Idriss Carlos Kameni, 1984年2月18日 - )は、カメルーン・ドゥアラ出身の同国代表サッカー選手。リーガ・エスパニョーラのマラガCF所属。ポジションはゴールキーパー。 == 経歴 == === クラブ === 2000年のシドニーオリンピック後にフランスのル・アーヴルACに移籍したが、トップチームではプレーできずに4年間リザーブチームで燻り続けた。2002年にASサンテティエンヌにレンタル移籍したが、生え抜きのジェレミー・ジャノがおり全く出場機会を与えられなかった。2003年、イングランドのウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCにレンタル移籍する直前まで行ったが、イギリスの労働許可証を取得できなかったため移籍話は消滅した。 2004年7月18日、20歳の時に移籍金60万ドルでスペインのRCDエスパニョールに移籍し、2シーズン目の2005-06シーズンにはコパ・デル・レイで優勝した。2006-07シーズンはリーグ戦で不動のレギュラーに君臨し、主にカップ戦で起用されてUEFAカップ準優勝に貢献したゴルカ・イライソスとポジションを分かち合った。リーグ戦第37節のFCバルセロナとのバルセロナ・ダービーではリオネル・メッシに「神の手ゴール」を彷彿とさせるゴールを決められている。 クラブでの活躍が認められ、2006-07シーズンにはアフリカ最優秀GK賞を受賞した。2007年にイライソスがアスレティック・ビルバオへ移籍した後は不動の正GKとしての地位を築いたが、2008-09シーズンはクラブにとって厳しいシーズンとなり、12月まで降格圏で過ごしたが、年明けに息を吹き返した。2009年になるとトレーニング後に侮辱したファンと乱闘寸前になる出来事があり、5月16日にはチームメイトのグレゴリー・ベランジェと喧嘩する出来事があった。それでもリーグ戦37試合に出場し、同胞の先輩トーマス・ヌコノが持っていたクラブ記録(497分連続無失点)を破る550分連続無失点を達成した。エスパニョールではたびたび人種差別を受けていた。 2011-12シーズンはクラブと契約を巡って揉めた事もあってクリスティアン・アルバレスにポジションを譲るようになり、2012年1月13日にエスパニョールとの契約を解除してフリーでマラガCFに加入した。2月25日、古巣エスパニョール戦でウィルフレード・カバジェロが負傷退場したのに伴って途中出場し移籍後初出場を果たした。その後はカバジェロから定位置を奪取した。ルベン・マルティネスの退団により新シーズンから背番号を25から1に変更。しかし、一転してカバジェロの控えに甘んじリーグ戦3試合の出場にとどまった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「イドリス・カルロス・カメニ」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Idriss Carlos Kameni 」があります。 スポンサード リンク
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