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イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャー : ミニ英和和英辞書
イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャー : ウィキペディア日本語版
イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャー[ちょうおん]
イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャー1518年 - 1580年)は、ゴールコンダ王国の第4代の王(在位:1550年 - 1580年)。
スルターン・クリー・クトゥブ・シャーの末子である彼は、1543年ジャムシード・クリー・クトゥブ・シャーが父を殺すと、ヴィジャヤナガル王国亡命し、その摂政ラーマ・ラーヤの保護を受け生活を送っていた。彼は滞在中にテルグ語習得に熱中し、第2の母国語のように話すことができるまでに達した。
1550年ジャムシードが死ぬとヴィジャヤナガルを離れ、その子スブハーン・クリー・クトゥブ・シャーを殺し、王位についた。彼はそれまでの王達が一顧だにしなかったテルグ語の読み書きを保護・奨励し、そのため、彼の宮廷は、デカン高原中の詩人達で賑わったと言われている。
だが、かつて保護を受けたヴィジャヤナガル王国が圧迫してくると、イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャーはほかのムスリム5王国と同盟し、1565年ヴィジャヤナガル王国軍をターリコータの戦いで撃破した(ラーマ・ラーヤはこの戦いで死亡している)。
彼の治世中に、ゴールコンダ要塞はさらに強化された。また、彼は多くのモスク、学校、救貧院を建設させたことでも知られる。フセイン・サガールのダム建設なども彼の功績であり、有能な統治者として、その名を残している。
== 関連項目 ==

* ゴールコンダ王国



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャー」の詳細全文を読む




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