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『イル・トロヴァトーレ』(''Il Trovatore'' )は、ジュゼッペ・ヴェルディが作曲した全4幕からなるオペラである。1853年、ローマで初演された。ヴェルディ中期の傑作の一つとされる。 *原語曲名:''Il Trovatore'' *原作:アントニオ・ガルシア・グティエレスの戯曲『エル・トロバドール』(''El Trovador'' 吟遊詩人) *台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ、彼の死後レオーネ・エマヌエーレ・バルダーレにより補作 *演奏時間:約2時間20分 (カット無し) *初演:1853年1月19日、ローマ・アポロ劇場にて == 作曲の経緯 == 1851年に『リゴレット』を初演、成功させた38歳のヴェルディの作曲の筆はそこからしばらく止まる。1839年の『オベルト』以来、年間1作以上のペースで作曲を続けてきた彼にとっては珍しい事態だった。1851年6月の母の死、ジュゼッピーナ・ストレッポーニとの同棲生活に対するブッセートの街の人々の冷ややかな眼、そこからの逃避の意味もあって近郊サンターガタでの農園購入とその経営(ヴェルディは単なる不在地主ではなく、農地管理の些事にまで口やかましく容喙した)など、作曲以外の雑事に忙殺されていたのも事実だったが、この頃の彼はどこの劇場の委嘱も受けず、自ら選んだ題材を好きなだけ時間をかけてオペラ化する、という大家への道を歩んでいた。そしてそうした自己の選択による作品が、この『イル・トロヴァトーレ』である。 『イル・トロヴァトーレ』の原作『エル・トロバドール』はスペインの劇作家グティエレスによって書かれ、1836年にマドリードで初演された舞台劇であった。中世の騎士物語、男女の恋愛、ジプシー女の呪い、といった雑多なテーマを盛り込んだこの複雑な舞台劇をヴェルディがどうやって知ったのか、今日でもはっきりしていない。イタリア語への翻訳は当時未だされていなかったので、イタリア・オペラの重要な演奏拠点の一つであったマドリードのオペラ関係者がヴェルディに個人的にこの戯曲を送付、語学の才のあったジュゼッピーナがイタリア語に仮訳したのではないかと想像されている。いずれにせよ、遅くとも1851年の春頃、ちょうど『リゴレット』初演の前後までには、そうしたイタリア語訳に目を通し、台本化を開始してほしいとの要請をヴェルディはカンマラーノにしていたものとみられる。 ナポリに在住の台本作家サルヴァトーレ・カンマラーノは、ドニゼッティのための『ランメルモールのルチア』や『ロベルト・デヴリュー』などの台本で有名であるが、この作品がカンマラーノとの共同作業となった理由もまたはっきりしていない。前述の通り、この『イル・トロヴァトーレ』はどこの劇場の委嘱も受けずヴェルディが創作したものであり、劇場の座付き作家を利用しなければならない、といった制約は元々なかった。カンマラーノは長年の劇場生活に培われた本能的とも言える劇的展開、ならびに詩文の美しさがあり、こういった複雑怪奇な戯曲のオペラ台本化には適任の人物とヴェルディは考えたのだろう。ただし構成的には、カンマラーノは保守的な「番号付き」オペラの伝統に強く影響されており、ヴェルディが前作『リゴレット』で採用した、切れ目のない重唱の持続で緊張感を維持するといった新手法はここではいったん後退をみせている。 初演都市としては、初めカンマラーノと縁の深いナポリ・サン・カルロ劇場が考慮されていたが、ヴェルディの要求する金額があまりに法外であるとして劇場側が降りてしまい、結局ローマのアポロ劇場での初演と決定した。これは作曲どころか台本の完成以前である。 ところがカンマラーノは1852年7月に急死してしまい、第3幕の一部と第4幕の全てが未完のまま残された。ヴェルディは友人の紹介により、やはりナポリ在住の若い詩人レオーネ・エマヌエーレ・バルダーレと契約、台本はカンマラーノの草稿に沿う形で同年秋に完成する。ヴェルディは1852年10月のわずか1か月でそれに作曲したとの逸話があるが、完成稿としてはともかく、メロディーのほとんどはカンマラーノとの交渉が開始された1851年から作り貯めていたと考えるのが自然だろう。 初演は、ヴェルディのそれまでのどのオペラと比べても大成功といって良いものだった。世界各都市での再演も早く、パリ(イタリア座でのイタリア語上演)は1854年、ロンドンとニューヨークが1855年である。またフランス語化しグランド・オペラ様式化した『ル・トルヴェール』(''Le Trouvère'' )は1856年にオペラ座で上演されている。ヴェルディ自身はのちに「西インド諸島でもアフリカの真ん中でも、私の『イル・トロヴァトーレ』を聴くことはできます」と豪語している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「イル・トロヴァトーレ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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