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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana) ・ カム : [かむ] 【名詞】 1. cam 2. (n) cam
ウィリー・カム(William Edward Kamm 、1900年2月2日 - 1988年12月21日)は、主に1920~1930年代に活躍したアメリカ合衆国の野球選手。ポジションは三塁手。カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。右投げ右打ち。1920年代にシカゴ・ホワイトソックスの三塁手として6年連続最高守備率を記録した。 == 来歴・人物 == 1922年にパシフィック・コーストリーグのサンフランシスコからホワイトソックスに昇格、1923年からホワイトソックスのレギュラー三塁手を勤めた。デビューした1923年から6シーズンの間三塁守備イニング数がリーグ最多を数え、その間の守備率は、1924年から1929年の6シーズン連続でリーグ最高を記録した。打者としては比較的四球が多く、1925年にリーグ最多の90四球を記録したことがあり、毎年70以上の四球をコンスタントに稼いでいた。1928年に打率.308を記録したときは、その年のMVP候補に名前が挙がり、投票では5位となった。 1929年4月30日にコミスキー・パークで行われたクリーブランド・インディアンズ戦では、『隠し球でトリプルプレイを完成』という非常に珍しいプレイを記録している。この試合の7回表、無死1・2塁で打者カール・リンドがショートゴロを打ち、一塁でアウトになる間に、二塁走者ジョニー・ホダップが本塁を狙って三塁本塁間に挟まれた。カムはホダップをタッグアウトした後投手にボールを返さず、こっそり自分のグラブに隠し、プレーの間に三塁に達していた走者チャーリー・ジェイミーソンが、そうとは知らずに離塁したところをタッチして3つ目のアウトを取った。 カムは1931年シーズン途中にルー・フォンセカとのトレードでクリーブランド・インディアンズに移籍、インディアンズに5シーズン在籍した後1935年に選手を引退した。1988年にカリフォルニア州ベルモントで死去。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ウィリー・カム」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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