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ウェイド・アンソニー・ボッグス(Wade Anthony Boggs, 1958年6月15日 - )は、メジャーリーグベースボールの元選手。ポジションは三塁手。アメリカ合衆国ネブラスカ州オマハ出身。 == 経歴 == === ボストン・レッドソックス === のドラフト会議でボストン・レッドソックスから7巡目に指名を受け、入団。長打こそ少ないもののマイナーリーグ時代から高い打率と出塁率を記録し、にAAA級ポータケットで打率.335・出塁率.437を記録した。 4月10日のボルティモア・オリオールズ戦でメジャーデビューを果たす。当初は代打での出場が多かったが、6月後半からはレギュラーに定着。規定打席には足りなかったが、打率.349を記録し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票ではカル・リプケン・ジュニア、ケント・ハーベックに次ぐ3位に入った。 は打率.361、リプケンに次ぐリーグ2位の210安打を記録し、首位打者のタイトルを獲得。出塁率.444もリーグトップで、初のシルバースラッガー賞も受賞した。にはオールスターゲームに初出場し、以後11年連続で選出された。同年は後半戦で打率.395を記録し、シーズン通算で打率.368、共にリーグトップの240安打・出塁率.450を記録し、2年ぶりの首位打者を獲得。MVPの投票では4位に入った。 は打率.357・リーグトップの105四球・出塁率.453を記録。2年連続の首位打者を獲得し、チームの11年ぶりの地区優勝に貢献。カリフォルニア・エンゼルスとのリーグチャンピオンシップシリーズでは打率.233と振るわなかったが、チームは4勝3敗でエンゼルスを下しリーグ優勝。ニューヨーク・メッツとのワールドシリーズでは3勝2敗で迎えた第6戦で3安打を放つが、ビル・バックナーのエラーでサヨナラ負けを喫し、第7戦も敗れて68年ぶりのワールドチャンピオンを逃した。 は打率.363・キャリアハイの24本塁打・89打点・OPS1.049を記録し、3年連続の首位打者。には本塁打は5本に減少したが、打率.366、いずれもリーグトップの45二塁打・125四球・128得点・出塁率.476を記録し、4年連続の首位打者を獲得する。チームは2年ぶりの地区優勝を果たした。当時最強を誇ったオークランド・アスレティックスとのリーグチャンピオンシップシリーズでは打率.385を記録するなど活躍したが、チームは4連敗で敗退した。 は打率.330、キャリアハイの51二塁打・7年連続の200安打となる205安打を記録。しかし首位打者はカービー・パケットに譲り、5年連続のタイトルはならなかった。は手首を始めとした故障に悩まされて不振に陥り、連続200安打も途切れたが、打率.302を記録する。チームは2年ぶりの地区優勝を果たし、再びアスレティックスとの顔合わせとなったリーグチャンピオンシップシリーズでは、第1戦でデイヴ・ステュワートから本塁打を放つなど打率.438を記録するが、チームはまたも4連敗を喫した。 は打率.332と盛り返すが、はシーズンを通して調子が上がらず、キャリアワーストの打率.259に終わった。オフにフリーエージェントとなり、12月15日にニューヨーク・ヤンキースと契約した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ウェイド・ボッグス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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