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ウェーク島の戦い(ウェークとうのたたかい、Battle of Wake Island)は第二次世界大戦における日本軍とアメリカ軍の戦い。なお、戦いの後のウェーク島日本軍部隊の状況についても記す。 == 背景 == ウェーク島は、アメリカ本土とグアム、フィリピンを結ぶ作戦線上にあるアメリカ軍の中部太平洋における重要な拠点のひとつであり、日本側から見れば、日本本土とマーシャル諸島を結ぶ作戦線上に位置する楔のような存在であった。日本軍は開戦前からウェーク島の攻略を企図していたが、具体的に計画されたのは開戦直前の1941年(昭和16年)になってからであった〔『戦史叢書38』135ページ。〕。日本海軍単独での作戦とされ、主にトラック諸島を拠点にしていた第4艦隊が割り当てられた。上陸するのも海軍陸戦隊であった。第4艦隊に割り当てられていた戦域は非常に大きく〔ウェーク島、グアム、ギルバート諸島、ラバウル、ソロモン諸島。佐藤、206ページ〕、その一方で第4艦隊手持ちの戦力は少なかったため、当面はウェーク島とグアムの攻略に全力を挙げることとなった〔佐藤、206ページ〕。 アメリカ軍はウェーク島に海兵隊1個大隊を配備し、砲台を設置するなど防備を強化していた。1941年夏までには滑走路を完成させ〔佐藤、206ページ〕、日米関係の破綻がが決定的になりつつあった12月4日には、空母「エンタープライズ」(''USS Enterprise, CV-6'') が第211海兵戦闘飛行隊のF4F ワイルドキャット戦闘機(以降 F4F 戦闘機)12機を輸送してきた〔押尾・野原「ウェーク島攻略戦とF4F」52ページ〕〔#太平洋の試練(上)221頁〕。1941年12月ごろには守備隊522名、民間人1,236名がウェーク島に配備されていた〔佐藤、206ページ〕。主要な砲台は、ウェーク本島には南西端のピーコック岬と島西部、北部ヒール岬合計4箇所、ウィルクス島とピール島にはそれぞれ2箇所配され、機銃座も数箇所据えつけられていた〔第24航空戦隊の偵察見取り図による。山本、320ページ〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ウェーク島の戦い」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Battle of Wake Island 」があります。 スポンサード リンク
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