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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ウラジミール・グルビッチ(、1970年12月14日 - )は、セルビアの男子バレーボール選手。ズレニャニン出身。ポジションはウイングスパイカー。元バレーボールセルビア・モンテネグロ男子代表。 == 来歴 == 父ミロシュは1975年欧州選手権・銅メダリストの元ナショナルチーム代表のバレーボール選手。厳格な父の指導の元、弟ニコラ・グルビッチと共にバレーを学ぶ。1990年にユーゴスラビアリーグ(現在クロアチアリーグ)のムラドスト・ザグレブに入団、2シーズンプレーした後、1992年、国内の内戦を避けてイタリアへ渡り、セリエAのパドヴァへ移籍した。 1996年、クーネオ在籍時に主要なクラブチームの大会を制し、ユーゴスラビア代表として出場した、アトランタオリンピックで銅メダルを獲得、2000年、ローマ在籍時にはスクデット獲得と、シドニーオリンピックで金メダル獲得に貢献し、同年欧州バレーボール連盟の最優秀選手に選ばれた。翌2001年欧州選手権では初優勝を飾った。 2001-2002シーズンは、オリンピックチャンピオンのエースとして、Vリーグの堺ブレイザーズでプレーしたが、膝の故障により期待されたほどの活躍ができぬままシーズンを終えた。セルビア・モンテネグロ代表で出場した2004年アテネオリンピック後に代表引退を表明、2006年ワールドリーグで再び代表候補となり、同年世界選手権の出場を最後にナショナルチーム代表から退いた。 本来は高い打点から放つ破壊力溢れるスパイクと、強烈なジャンプサーブを武器としていたが、2001年の膝の手術以降、ジャンプ力が低下してからは、積極的にフェイントやフローターサーブなどを取り入れ、軟硬と緩急を織り交ぜたベテランらしい上手さ、器用さを持ち味としたプレーを見せた。また攻撃面だけでなく、守備面の要としても活躍した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ウラジミール・グルビッチ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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