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エウストレプトスポンディルス(''Eustreptospondylus'' "真のストレプトスポンディルス"の意味)はメガロサウルス科()の恐竜の属であり、ジュラ紀中期カロビアン(1億6500万年前から1億6100万年前)に現在のイングランド南部に生息していた。この当時ヨーロッパは一連の離島であった(地殻運動のため海底が隆起し、低地が水没していたので)。海岸線で死体や海洋生物を漁っていた可能性がある エウストレプトスポンディルスの主な化石は1870年に発見され、最初は他の属のものとされ、1964年に独自の属として分離された。 成体では体長6 mほどであった。二足歩行の肉食動物で、尾がやや硬直していた。典型的な獣脚類であり、後肢は強力で前肢は小さかった。 ==発見と命名== 1870年イングランド、オックスフォードのすぐ北にあるSummertown Brick Pitの作業員により、獣脚類の骨格が発見された。この化石は地元の本屋ジェームズ·パーカーの手に渡った。パーカーは化石をオックスフォード大学の教授であるジョン・フィリップス(en)のところへ持っていった。フィリップスは1871年にこの化石を記載したものの命名はしなかった〔Phillips, J., 1871, ''Geology of Oxford and the Valley of the Thames''. 529 pp〕。1871年の時点ではこの化石は既知の大型獣脚類の化石としては最も完全であった。ヨーロッパのジュラ紀の大型獣脚類としては現在でも最も完全である。1890年、化石はオックスフォード大学が購入し、アーサー・スミス・ウッドワードによりメガロサウルス・バックランディ ''buckland''のものとされた。1905年および1906年にフランツ・ノプシャ男爵(en)はこの骨格を別の種に分類した。ストレプトスポンディルス・クヴィエリ(''Streptospondylus cuvieri'') は最初に現在では失われたバトニアン期の椎骨に基づき1842年にリチャード・オーウェン卿により記載された種である。〔Owen, R. (1842). "Report on British fossil reptiles". ''Report of the British Association for the Advancement of Science 11'': 60–204〕。これはストレプトスポンディルス()属のタイプ種であるフランスで発見された種 ''Streptospondylus altdorfensis''の明確な近縁種であるという理由で、ノプシャはこの特徴を持つイギリスの化石の全がストレプトスポンディルス属の1つの種に包含されると判断した。そのため必然的に''S. cuvieri''という名前になった〔Nopcsa, F., 1905, "Notes on British dinosaurs. Part III: ''Streptospondylus''", ''Geological Magazine'' 5: 289-293〕〔Nopcsa, F., 1906, "Zur Kenntnis des Genus ''Streptospondylus''", ''Beiträge zur Paläontologie und Geologie Österreich-Ungarns und des Orients: Mitteilungen des Geologischen und Paläontologischen Institutes der Universität Wien'' 19: 59-83〕。とはいえ、情報の乏しい化石に基づく種により完全標本を関連付けることは、混乱した状況を生む結果となった。ドイツの古生物学フリードリヒ・フォン・ヒューネはストレプトスポンディルス属の名前を認める一方でメガロサウルスの種''Megalosaurus cuvieri''であるとも考え、さらに混乱が加わった〔Huene, F. von, 1926, "The carnivorous Saurischia in the Jura and Cretaceous formations, principally in Europe", ''Revista del Museo de La Plata'', 29: 1-167〕。 1964年アリック・ウォーカー(en)はオックスフォードの標本は明らかに独自の属、種であると判断し、エウストレプトスポンディルス・オクソニエンシス(''Eustreptospondylus oxoniensis'')と命名した。属名はストレプトスポンディルス(''Streptospondylus'')から派生していて、直訳すると良く曲がる背骨という意味になる。''Streptospondylus''自体はは曲がる背骨という意味で、この恐竜の胴椎がワニの典型である前腔型(procoelous)ではなく逆の後腔型(opisthocoelous)であることにちなむものであるが、エウストレプトスポンディルスの意味としてはむしろ"真のストレプトスポンディルス"である。種小名は発見地のオックスフォードにちなむ。 ホロタイプ標本OUM J13558はオックスフォード累層(en )の Stewartby部層のカロビアンの海成層から発見された。この標本は頭骨を含むかなり完全な骨格で構成されている。欠損している主な部分は鼻骨、頬骨、下顎の後端、前肢の下部、尾の先である。亜成体の個体のものである。ホロタイプ以外で唯一のエウストレプトスポンディルスのものとされる標本OUMNH J.29775は左腸骨である。ホロタイプは1924年に完全に剖出され、直立に近い姿勢で展示された。21世紀初頭に胴体を水平にした姿勢に変更されている。 2000年、 Oliver Walter Mischa Rauhutはエウストレプトスポンディルスと既知のメガロサウルス科のメガロサウルス属と呼ばれているものを区別する特徴が骨盤に関するわずかな違い(恥骨の"足"の部分がより上方まで癒合しているかどうか)に過ぎないことに気づき〔 〕、2003年にこれらが同属であると提案し、''Magnosaurus oxoniensis''とした。。2010年にグレゴリー・ポール(en)は ''Streptospondylus altdorfensis''は独自の種であるとみなした〔Paul, G.S., 2010, ''The Princeton Field Guide to Dinosaurs'', Princeton University Press p. 89〕 。双方の意見ともあまり受け入れられていない。 1906年、ノプシャにより初めてエウストレプトスポンディルスの化石の種の詳細な記載が行われた。2008年にRudyard Sadleirらにより 最新の記載が発表されている〔 R. Sadleir, P.M. Barrett and H.P. Powell, 2008, ''The anatomy and systematics of'' Eustreptospondylus oxoniensis, ''a theropod dinosaur from the Middle Jurassic of Oxfordshire, England'', Monograph of the Palaeontological Society, 160(627) 82 pp〕 1964年、ウォーカーはフランスで発見された化石に基づきエウストレプトスポンディルスの第2の種''Eustreptospondylus divesensis''を命名している〔。この種は1977年に別属ピヴェテアウサウルス()として分離された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「エウストレプトスポンディルス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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