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エティエンヌ・ドレ : ミニ英和和英辞書
エティエンヌ・ドレ
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


エティエンヌ・ドレ : ウィキペディア日本語版
エティエンヌ・ドレ

エティエンヌ・ドレ(Étienne Dolet, 1509年8月3日 - 1546年8月3日)は、フランス・ルネサンス期のラテン語学者、翻訳家印刷出版業者、人文主義者
==人物・来歴==

===青年期まで===
オルレアン生まれ。国王フランソワ1世の隠し子とする伝もあるが疑わしい。ただし、上流階級と何らかの関係があったことは確かである。
1521年頃パリへ赴き、貴族ガスパール・ド・コリニーの教師だったニコラ・ベロー(1473-1550)に師事、1526年パドヴァに移る。友であり師であった古典学者シモン・ド・ヴィルヌーヴが夭折すると、1530年リモージュ司教でヴェネツィア共和国フランス大使のジャン・ド・ランジャックの秘書になり、ヴェネツィアに滞在。多忙ながらラテン語学者バッティスタ・イグナツィオの講義に出席し、他方、暇を見つけてはエレナという女にラテン語の恋愛詩を贈っていた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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