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エルヴィン・ジョーンズ(Elvin Jones、1927年9月9日 - 2004年5月18日)は、アメリカのジャズミュージシャン、ドラム奏者。 == 来歴 == アメリカ合衆国ミシガン州ポンティアック生まれ。 ピアニストのハンク・ジョーンズ、トランペッターのサド・ジョーンズとの3兄弟の末弟として育つ。1940年代後半に軍役に服した後、ミュージシャンとしてのキャリアを開始。1950年代前半はデトロイトで活動。1955年にニューヨークへ移るとマイルス・デイヴィス、ソニー・ロリンズ、チャールズ・ミンガスらと共演した。 1960年からはジョン・コルトレーンのグループで活躍。ベーシストのジミー・ギャリソン、ピアニストのマッコイ・タイナーと共に黄金のカルテットを形成した。複雑なリズムを難なく叩くテクニックで、コルトレーンから「君の代わりはいない」と絶賛された。1966年に音楽性の相違から袂を分かつまで、コルトレーンの多くの作品・演奏に参加した。 また、1960年代にはブルーノート・レーベルを中心にウェイン・ショーターやグラント・グリーン、ラリー・ヤングらのレコーディングに参加、歴史的名盤を数多く残している。以降は、自身のグループ「ジャズ・マシーン」を率いての活動が中心となる。ブルーノート・レーベルからは自身のピアノレス・カルテットを中心とした作品をいくつか発表しているが、そのなかでもサンフランシスコのライブハウス「ライトハウス」でのライブ録音が評価が高い。この作品ではジョン・コルトレーン研究家としても有名なデイブ・リーブマンとスティーブ・グロスマンが参加している。この作品ではマイルス・デイヴィスのグループを辞めた後のグロスマンと、参加直前のリーブマンの熾烈なサックス・バトルと硬派なアンサンブルを聴くことができる。 1966年に来日した際、トラブルによってしばらく帰国できなくなるが、その際に日本人ミュージシャンから支援を受け、それを機に親日家となる。妻は日本人のケイコ・ジョーンズで来日の機会も多く、辛島文雄・向井滋春など多くの日本人プレイヤーを、ジャズ・マシーンのメンバーとして迎え入れた。晩年は毎年年始に新宿ピットインで公演を行うのが定番になっていた。 2004年5月18日、心臓病により死去。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「エルビン・ジョーンズ」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Elvin Jones 」があります。 スポンサード リンク
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