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エヴァリスト・ダッラーバコ : ミニ英和和英辞書
エヴァリスト・ダッラーバコ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

エヴァリスト・ダッラーバコ : ウィキペディア日本語版
エヴァリスト・ダッラーバコ[ちょうおん]

エヴァリスト・フェリーチェ・ダッラーバコEvaristo Felice dall'Abaco, 1675年7月12日 ヴェローナ - 1742年7月12日 ミュンヘン)はイタリア後期バロック音楽作曲家ヴァイオリニスト
== 経歴 ==
トレッリヴァイオリンチェロを師事。1696年モデナでしばしばヴィターリと接触。1704年チェロ奏者としてミュンヘン宮廷の室内楽団に参加。
スペイン継承戦争バイエルン公国が敗れたため、1704年から1715年までバイエルン選帝侯マクシミリアン2世エマヌエルブリュッセルに、次いでモンスに、そして1709年からコンピエーニュに亡命。楽団員もこの亡命宮廷に同行したため、作曲家の息子ヨゼフ・ダラバコ(Joseph dall'Abaco)は、1710年にブリュッセルで生まれている(後にボンの宮廷楽師に)。この間にフランス音楽の様式になじむ機会を得る。
マクシミリアン2世エマヌエルのミュンヘン帰還。ダッラーバコはミュンヘン宮廷に復帰後、1740年まで宮廷楽長と宮廷顧問官に就任。後者の地位は、当時の音楽家には稀な名誉であった。
1726年に新君主カール・アルブレヒト公のもとでダッラーバコの影響力が低下。1740年に恩給を得て引退。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「エヴァリスト・ダッラーバコ」の詳細全文を読む




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