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===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
オトゥールズ(The Auteurs)は、90年代のイギリスのロックバンド。 == 来歴 == サーヴァンツのギタリストであったルーク・ヘインズが、バンドの活動停止に伴い、自宅にこもって一人で曲をつくり、1991年に自分自身のバンドとして立ち上げた。メンバーとして、以前にサーヴァンツのベーシストであり、ルークの当時の彼女であったアリス・リードマン、そしてかつての級友であるグレン・コリンズがドラマーとして加わった。ルークが一人で自宅録音した6曲入りのデモ・テープが業界関係者の目にとまり、スウェードのツアーにサポート・アクトとして帯同する。その後、ヴァージン・レコード参加のハット・レコードと契約してメジャー・デビューする。デビューした1993年のマーキュリー・ミュージック・プライズをスウェードと争い、一票差で敗れるものの、勃興するブリットポップの一バンドとして大きくメディアに取り扱われた。 しかし、皮肉屋のルークは流行には背を向けて、レコード会社のコマーシャリズムにつきあいつつも、独自路線を進んだ。そのため、現在ではブリットポップと分類されることはない。1stアルバム「ニューウェーブ」制作時に、プロデューサーの意見でチェリストのジェームス・バンベリーを加え、またアメリカ・ツアーで奇行が目立ったドラマーのグレン・コリンズをバーニー・C・ロックフォードと取り替えるなどバンドの体裁を保ったものの、ほとんどルークのワンマン・プロジェクトだった。バンド名の由来は、フランスのヌーヴェルヴァーグの作家主義(Auteur Theory)からで、1stアルバムのタイトルはヌーヴェルヴァーグの英訳である。1994年の2ndアルバム「ナウ・アイム・ア・カウボーイ」はバンドの商業的な頂点だった。ルークのつくる叙情的なメロディーはアメリカでは受けなかったものの、ヨーロッパや日本では一定の人気があった。 1996年の3rdアルバム「アフター・マーダー・パーク」ではプロデューサーとしてスティーブ・アルビニを迎え、 "Unsolved Child Murder"や"Buddha"や"Tombstone"などの重い題材を扱った曲を収録した。この年、ルークの創作意欲は止まず、続けてドイツ赤軍をテーマにしたアルバム"Baader Meinhof"をつくった。これにはオトゥールズの名は冠されず、ルークのソロ・プロジェクトとして扱われているものの、契約上は4枚目のアルバムとなった。その後、ルークは元ジーザス&メリーチェインのジョン・ムーアらとともにつくったブラック・ボックス・レコーダーなどの別プロジェクトに夢中になり、しばらくオトゥールズとしての活動は休止していたものの、レコード会社とのアルバム5枚の契約を完了するために、1999年に4thアルバムを発表し、同時にラスト・ライブを行った。現在、ルークはソロ・アーティストとして活動している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「オトゥールズ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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