|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 世 : [よ, せい] 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation
カニシカ1世(Kanishka I、生没年不詳)は、クシャーナ朝の第4代君主。ヴィマ・カドフィセスの子。カニシカ1世はクシャーナ朝の中で最も名の知られた王であり、バクトリア語資料では κανηϸκε κοϸανο (クシャーナ朝のカニシカ)、漢訳仏典では迦膩色迦などと表記される。のちの時代にカニシカ2世がいたことが知られるが、一般にカニシカ王といえばまず間違いなくカニシカ1世を指す。 == 来歴 == カニシカの出自は長く不明であった。カニシカ以降の貨幣銘文への印度文字使用停止やホータン出身地説、小月氏説などの各種根拠により、カニシカは前代までの王(クジュラ・カドフィセス、ヴィマ・カドフィセス)と血縁が無く、王位を簒奪して新たな王朝を築いたという、王朝断絶説は有力であった。 ホータン出身地説の根拠の1つは、カニシカと同時代人で、王の「三智人」の1人である仏教詩人アシュヴァゴーシャ(馬鳴)の作と伝えられ、カニシカ王の没後間もなく創られたらしい「大荘厳教論」第6巻に、「我昔曾聞、拘沙種中有王、名真檀迦膩■(■は口偏に乇)、討東天竺」と記す。「真檀」とはホータンの古名であり、「迦膩■」とはカニシカを指すことから、「真檀迦膩■」では「ホータン出身のカニシカ」となることが挙げられた。 しかし、1993年にアフガニスタン北部のラバータクで発見されたギリシャ文字バクトリア語碑文(ラバータク碑文)の発見により、カニシカはヴィマ・カドフィセスの息子であることが確認された(王朝交代説参照)。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「カニシカ1世」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Kanishka 」があります。 スポンサード リンク
|