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カラトラーバ騎士団 : ミニ英和和英辞書
カラトラーバ騎士団[だん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
騎士 : [きし]
 【名詞】 1. knight 
: [だん]
 【名詞】 1. body 2. group 3. party 4. company 5. troupe

カラトラーバ騎士団 ( リダイレクト:カラトラバ騎士団 ) : ウィキペディア日本語版
カラトラバ騎士団[からとらばきしだん]

カラトラバ騎士団 (Orden de Calatrava)は、スペインで初めて設立された戦闘騎士団(しかし認可を教皇庁から受けたのは2番目)。1164年9月26日、ローマ教皇アレクサンデル3世より認可された。
12世紀にカスティーリャシトー会の傘下騎士団として設立。カラトラバ・ラ・ヌエバに本拠の城をかまえた。「カラトラバ」とはアラビア語に由来する言葉である。
シトー会派の騎士団は、多くが騎士や騎士の子息らで構成されていたが、カラトラバにおいては正反対に、僧が騎士になった。戦闘でも祈りのどちらでも、個々の欲望であろうがイスラム教徒との戦いであろうが、英雄的な苦闘に耐えた。
騎士団の最初の任務は輝かしいもので、その偉大な働きへの返礼として、騎士団の指揮官たちに新しい領地がカスティーリャ王から贈られた。彼らは既に隣国のアラゴン王からも呼ばれており、新しいエンコミエンダアルカニスを1179年に与えられた。しかし、これらの成功は不運を招いた。カスティーリャ王レオン王の領地を巡る争いに巻き込まれた上、失地回復を狙うイベリア半島のイスラム勢力が、アフリカのモーロ人に応援を頼んだ。ムワッヒド朝の強力な侵攻が始まり、最初の対戦はスペイン側の敗北に終わった。
1195年、アラルコスの戦いで、騎士たちは壮麗な騎士道精神にもかかわらず、カラトラバの防壁をやむを得ず手放した。カスティーリャでは騎士団は没落したとみなされ、その噂を信じた隣国アラゴンで、アルカニスの騎士団がカラトラバを継承するありさまだった。アルカニス騎士団は実際に新しい騎士団長に継承させたが、カラトラバの騎士団長はカスティーリャに住み、自分が正統だと訴えた。ついに、アルカニス騎士団の団長は気高くも「アラゴンの偉大なる戦士」の称号をもって、カラトラバ継承から手を引くことに妥協した。
騎士団は、歴代の王たちとともにレコンキスタを戦い、勇猛をとどろかせた。レコンキスタにおいて、カトリック連合軍のめざましい勝利となった1212年のナバス・デ・トローサの戦いにも参戦し勝利に貢献した。1474年、カスティーリャ王エンリケ4世の王位継承問題の際、アラゴン王フェルナンド2世ポルトガルアフォンソ5世が介入し、騎士団内もどちらにつくかで分裂した。騎士団長ロドリーゴ・ヒロンはポルトガルにつき、彼の部下ロペス・デ・パディージャはアラゴン側に立った。1479年のトーロの戦いでアラゴン側が勝ち、ポルトガルは手を引いた。アラゴン王と和解したヒロンは、1482年のロハの包囲でグラナダ王国と戦った。その後、ロペス・デ・パディージャがヒロンのあとの騎士団長となった。彼は、1487年のグラナダでの戦いで戦死した。
ロペス・デ・パディージャの死後、アラゴン王フェルナンドは新騎士団長選挙のため(ローマ教皇インノケンティウス8世の教書をもって騎士団の管理者となっていた)、招集をかけ、候補者たちに服従を要求した。カラトラバ騎士団の政治的自治は、この時をもって終わりを迎えた。そしてまもなく1492年に、グラナダ陥落とともにムーア人に対するレコンキスタも終了したのである。
==歴代騎士団長==
カッコ内は任期。
* ドン・ガルシーア(1164-1169)
* フェルナンド・イカーサ(1169-1170)
* マルティン・ペレス・デ・シオーネス(1170-1182)
* ヌーニョ・ペレス・デ・キニョーネス(1182-1199)
* マルティン・マルティネス(1199-1207)
* ルイ・ディアス・デ・ヤングアス(1207-1212)
* ロドリーゴ・ガルセス(1212-1216)
* マルティン・フェルナンデス・デ・キンターナ(1216-1218)
* ゴンサーロ・イアーニェス・デ・ノボーア(1218-1238)
* マルティン・ルイスデ・セバージョス(1238-1240)
* ゴメス・マンリーケ(1240-1243)
* フェルナンド・オルドニェス(1243-1254)
* ペドロ・イアーニェス(1254-1267)
* フアン・ゴンサーレス(1267-1284)
* ルイ・ペレス・ポンセ・デ・レオン(1284-1295)
* ディエゴ・ロペス・デ・サンソーレス(1295-1296)
* ガルシ・ロペス・デ・パディージャ(1296-1322)
* フアン・ヌーニェス・デ・プラード(1322-1355)
* ディエゴ・ガルシーア・デ・パディージャ(1355-1365)
* マルティン・ロペス・デ・コルドバ(1365-1371)
* ペドロ・ムニス・デ・ゴドイ(1371-1384)
* ペドロ・アルバレス・デ・ペレイラ(1384-1385)
* ゴンサーロ・ヌーニェス・デ・グスマン(1385-1404)
* エンリーケ・デ・ビジェーナ(1404-1407)
* ルイス・ゴンサーレス・デ・グスマン(1407-1443)
* フェルナンド・デ・パディージャ(1443-1443)
* アロンソ・デ・アラゴン(1443-1445)
* ペドロ・ヒロン(1445-1466)
* ロドリーゴ・テージェス・ヒロン(1466-1482)
* ガルシーア・ロペス・デ・パディージャ(1482-1487)

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「カラトラバ騎士団」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Order of Calatrava 」があります。




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