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カンタベリー大聖堂(カンタベリーだいせいどう)は、イギリスのイングランド南東部ケント州のカンタベリーにある教会で、イングランド国教会の総本山。聖オーガスティン修道院、聖マーティン教会とともに、ユネスコの世界遺産に登録されている。 == 歴史 == 7世紀にローマ教皇の指示によりカンタベリーのアウグスティヌスがサクソン人の治めるケント王国に布教し、聖オーガスティン修道院を建設した。その後のノルマン人の征服によりノルマン朝を興したウィリアム1世は、アングロ・サクソン式の典礼や聖堂を嫌い、新たにロマネスク様式の大聖堂の建設を命じた。カンタベリー大聖堂はウィリアム1世の死後、1130年に献堂式が行われ完成した。 1170年に政教分離を巡ってヘンリー2世と対立したカンタベリー大司教トマス・ベケットが殉教〔ヘンリー2世が放った刺客らにベケットは殺された。その直前の様子(刺客が、跪いて神に祈るベケットを窺う)を描いているステンドグラスが大聖堂に今も残っている。また、構内にはベケットが殺害された場を「殉職の場」と呼び、そこを剣で指し示し公開している。〕し、聖人に列せられたことから、聖地として多くの巡礼者が訪れる場所となった。礼拝堂の床に1本のろうそくが立てられていて、その下にベケットは埋葬されている。ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』もカンタベリー巡礼者の物語である。 1174年、火事により聖堂の内陣が焼け落ち、フランス人建築家ギヨーム・ド・サンスの設計によって初期ゴシック様式に再建された。ギヨームは工事中に負傷し帰国したが、その後も工事は継続され、内陣の再建は12世紀に完了した。同時期にベケットと、のちにエドワード黒太子の墓所となるトリニティー礼拝室が作られた。 1379年から身廊と翼廊が垂直式ゴシック様式で改築され、1503年に「ベル・ハリー・タワー」と呼ばれる大塔が建設された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「カンタベリー大聖堂」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Canterbury Cathedral 」があります。 スポンサード リンク
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