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ガイウス・テレンティウス・ワロ : ミニ英和和英辞書
ガイウス・テレンティウス・ワロ
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


ガイウス・テレンティウス・ワロ ( リダイレクト:ガイウス・テレンティウス・ウァロ ) : ウィキペディア日本語版
ガイウス・テレンティウス・ウァロ
ガイウス・テレンティウス・ウァッロ () は、共和政ローマの政治家・将軍。紀元前216年執政官の職に就いた。
紀元前218年、ウァッロはプラエトル(法務官)に選出された。第二次ポエニ戦争中の紀元前216年ルキウス・アエミリウス・パウルスとともに執政官に選出された。同年8月2日、当日の軍の指揮官にあたり、ハンニバル率いるカルタゴ軍との決戦を望んだためカンナエの戦いが起こった。ハンニバルの包囲作戦によってローマ軍は壊滅的打撃を受けたが、ウァッロは逃亡した。
紀元前215年から紀元前213年にかけてウァッロはプロコンスルに選出されピケヌムを担当した。さらに紀元前208年から紀元前207年にかけてプロプラエトルに選出されエトルリアを担当し、ハンニバルの弟のハシュドゥルバルと対峙した。紀元前200年、ウァッロは大使としてアフリカへ赴いた。
カンナエの戦いに際して、決戦を急ぎ大敗を招いたウァッロと、決戦への慎重論を唱えながらも戦いでは奮戦して戦死したアエミリウスが対比して描写される。これは、パトリキの代表としてのパウルスとプレブスの代表としてのウァッロの対比でもある。この対比は貴族は賢明であり、民衆は浮薄で愚かなものとする当時のローマ上層の認識が反映されている。しかし、敗戦後もウァッロが引き続き戦争の指揮官として立ち続けている点から、彼の能力は認められていたことが窺える。そしてこうした対比が事実をそのまま描写したものというよりも作為的なものであることが分かる。
category:ポエニ戦争
うあろ かいうす


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ガイウス・テレンティウス・ウァロ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Gaius Terentius Varro 」があります。




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