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ガルビネ・ムグルサ(Garbiñe Muguruza, 1993年10月8日 - )は、スペインの女子プロテニス選手。ベネズエラ・カラカス出身。2015年のウィンブルドン女子シングルスで決勝に進出した。これまでにWTAツアーでシングルス1勝、ダブルス3勝を挙げている。身長182cm、体重73kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。WTAランキング最高位はシングルス3位、ダブルス10位。 == 来歴 == 父親はスペイン・ギプスコア県エイバル出身のバスク人、母親はベネズエラ・カラカス出身のベネズエラ人である。5歳からテニスを始める。2011年にプロに転向。 2012年3月のマイアミ大会では主催者推薦の出場から、1回戦で森田あゆみ、2回戦で当時9位のベラ・ズボナレワを 6-4, 6-3 、3回戦ではフラビア・ペンネッタを 6-2, 1-6, 7-6 (6) で破りベスト16に進出した。4回戦ではアグニエシュカ・ラドワンスカに 3-6, 2-6 で敗れた。全米オープンで4大大会に初出場し、1回戦でサラ・エラニに 3-6, 7-6(6), 1-6 で敗れた。 2013年1月のホバート国際でマリア・テレサ・トロ・フロルと組んだダブルスで優勝し初のツアータイトルを獲得した。4大大会では全豪オープン、全仏オープン・ウィンブルドンともに初戦を突破したが、右足首の故障によりウィンブルドン後の大会をすべて欠場した。 2014年1月のホバート国際の決勝でクララ・ザコパロバを 6–4, 6–0 で破り初のシングルスタイトルを獲得した。全豪オープンでは1回戦で第24シードのカイア・カネピ、3回戦で第10シードのキャロライン・ウォズニアッキを破り4大大会で初めてベスト16に進出した。4回戦ではアグニエシュカ・ラドワンスカに 1-6, 3-6 で敗れた。 ダブルスではカルラ・スアレス・ナバロと組んで、マドリード・オープンで決勝に進出。サラ・エラーニ、ロベルタ・ビンチ組に敗れて準優勝。 全仏オープンでは2回戦で前回優勝者で世界ランキング1位のセリーナ・ウィリアムズを 6-2, 6-2 のストレートで破る殊勲を挙げた。ベスト8まで進出し準々決勝でマリア・シャラポワに 6-1, 5-7, 1-6 で敗れた。カルラ・スアレス・ナバロと組んだダブルスでもノーシードからベスト4に進出した。準決勝で優勝した謝淑薇&彭帥組に 2-6, 7-5, 2-6 で敗れた。8月のバンク・オブ・ウェスト・クラシックで決勝でパウラ・カーニャ、カテリナ・シニャコバ組に勝利しダブルスのWTAプレミアトーナメントで初優勝。チームランキング年間最終7位でWTAファイナルに出場。 2015年のドバイ・テニス選手権で決勝に進出し、ティメア・バボシュ、クリスティナ・ムラデノビッチ組に敗れるも準優勝。翌週のダブルスの世界ランキングで10位になった。マドリード・オープンでは2年連続の準優勝。 ウィンブルドンでは快進撃を見せ4回戦で第5シードのキャロライン・ウォズニアッキを、準決勝で2012年にこの大会で決勝へ進出した第13シードのアグニエシュカ・ラドワンスカをフルセットで倒して自身初めてとなる4大大会決勝へ進んだ。決勝では第1シードのセリーナ・ウィリアムズに 4-6, 4-6 のストレートで敗れたものの準優勝に輝いた。10月の武漢オープンではWTAプレミアトーナメントでは自身初めて決勝に進出。決勝のビーナス・ウィリアムズ戦では3–6, 0–3の時点で途中棄権した。翌週のチャイナ・オープンでも決勝進出し、決勝でティメア・バシンスキーを7–5, 6–4で破りプレミア初優勝。さらに10月26日付の世界ランキングでは自己最高の3位になった。WTAファイナルには第2シードで出場。ダブルスでも2年連続出場。WTAファイナルではシングルスではラウンドロビンで3勝し1位通過するも準決勝でアグニエシュカ・ラドワンスカに7-6(5), 3-6, 5-7で敗れた。ダブルスではラウンドロビンで詹詠然、詹皓晴組とキャロリン・ガルシア、カタリナ・スレボトニク組に勝利し1位通過。準決勝でアンドレア・フラバーチコバ、ルーシー・ハラデツカ組に勝利し決勝進出。決勝ではマルチナ・ヒンギス、サニア・ミルザ組に敗れ準優勝。シングルス年間最終3位、ダブルス年間最終14位。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ガルビネ・ムグルサ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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