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『キングコング対ゴジラ』は1962年8月11日に公開された日本映画でゴジラシリーズの第3作。製作、配給は東宝。カラー、東宝スコープ。上映時間は97分。東宝創立30周年記念作品。 ゴジラが7年ぶりに復活。「怪獣同士の対決」という日本の怪獣映画の流れを決定付けた作品であり、初回興行時の観客動員数は1120万人を記録。当時の歴代邦画観客動員数では『明治天皇と日露大戦争』に次いで第2位の記録であり、ゴジラシリーズ中では歴代最高である。アメリカ製の怪獣であるキングコングが登場する。 == 概要 == 『ゴジラの逆襲』以来7年ぶり、ゴジラ映画としては初めてのカラー製作、さらにシネマスコープの類にあたる「TOHO SCOPE」(東宝スコープ)で上映された作品である。また、関沢新一のゴジラ映画デビュー作でもある。この作品で初めてゴジラの体色や、「放射火炎」の青白い色が披露された。 本作の基となったのは、1933年版『キング・コング』以降は不遇をかこっていた特撮マンのウィリス・オブライエンによって企画された、『キングコング対プロメテウス』というタイトルの映画企画であり、これは「フランケンシュタイン博士が秘密裏に創造していた巨大クリーチャーとキングコングが戦う」というものだった。RKOに数点のスケッチを含むこの映画の企画書を提出した後、オブライエン本人も知らぬうちにいつの間にやら本作へ至ったようで、後年に本作の存在を知った彼は、ひどく落胆したという〔「日本語版CINEFIX」より〕。 本編の助監督を務めた梶田興治によると、キングコングの権利者であるRKOは東宝との契約に当たり、キングコングの名称使用料5年間分として8000万円を要求した。東宝は当時の映画3本分の制作費に匹敵するこの莫大な支払いの見返りを充分に受け、1000万人を超える封切動員数を稼いだ。特撮キャメラマンの有川貞昌は制作に当たり、「とにかく久しぶりにゴジラ映画を作れるんだと、スタッフ一同とても嬉しい気持ちだった」と語っており、円谷英二以下特撮スタッフはゴジラよりも新怪獣のキングコングをどのように描くか、ひたすら尽力したという。 主要襲撃地点は那須、東京、富士山麓、熱海。ミニチュアで作られた熱海城は、ゴジラとキングコングに破壊される。ファロ島では、本物と模型を使い分けた大ダコも登場する。 河川に火を放つシーンの撮影中、監督の本多猪四郎は誤って斜面を30メートルも滑落して負傷してしまったため、このシーンと佐原健二がジープを走らせるカットは助監督の梶田興治が演出した。 また、タイトルクレジットのバックの密林、キングコングがゴジラの口に木を突っ込むシーンや女性をさらって国会議事堂によじ登るシーン〔本作DVDでの梶田興治のコメントによると、RKO側から「原典に倣い、高い建物に登らせてほしい」との要望があったという。〕など、本家『キングコング』へのオマージュ的シーンが多い〔ただし、本家のキングコングの場合は宣材用に作成されたもので、本編にはそのようなシーンは無い。〕。公開時の宣伝スチールでは、本家のキングコングの写真がゴジラと合成されて多数使われていた。 進撃中のゴジラが高崎観音と対峙するシーンが撮影されているが、本編では使用されていない。予告編では、ゴジラが画面の手前に向かって咆哮する、本編にない映像が使われている。 常連タイアップ企業のバヤリースに加え、本作では東京製綱がタイアップしている。藤田が「試作品」として披露し、キングコングの輸送にも使われる「鋼よりも強く、絹糸よりしなやか」な新時代の鋼線は、東京製綱のワイヤーロープの宣伝でもある。 その後、本作のヒットにあやかり『続・キングコング対ゴジラ』という続編企画が立てられたが、関沢新一によるプロットが作成されたのみで未制作に終わっている。 2015年10月には、2014年に『GODZILLA ゴジラ』を製作し、2017年に『コング:スカル・アイランド(原題)』、2018年に『GODZILLA ゴジラ』の続編の公開を予定しているレジェンダリー・ピクチャーズとワーナー・ブラザースが、『ゴジラVSコング(原題)』の製作を発表した。2020年の公開を予定しており、監督やスタッフなどは未定。ストーリーの詳細は不明だが、『GODZILLA ゴジラ』の研究機関モナークが登場することが判明している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「キングコング対ゴジラ」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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