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ギュンター・グラス(Günter Grass, 1927年10月16日 - 2015年4月13日)はドイツの小説家、劇作家、版画家、彫刻家。代表作に『ブリキの太鼓』など。1999年にノーベル文学賞受賞。 == 来歴・人物 == ギュンター・グラスはダンツィヒ(現ポーランド領グダニスク)で生まれた。父はドイツ人の食料品店主、母は西スラヴ系少数民族のカシューブ人。当時、ヴェルサイユ条約によりドイツから切り離され、国際連盟の保護下に形式上独立国だったダンツィヒ自由市で、ドイツとポーランドをはじめとする様々な民族の間で育ったことが、その後のグラスの作品に大きく影響することになった。 15歳で労働奉仕団・空軍補助兵を務め、17歳で武装親衛隊に入隊した後、敗戦を迎え、米軍捕虜収容所で半年間の捕虜生活を送る。その後、デュッセルドルフで彫刻家・石工として生計をたてながら美術学校に通い、詩や戯曲なども書く。1958年には朗読による作家・批評家同士の作品発表の場「47年グループ」で才能を認められ、1959年発表の長編小説『ブリキの太鼓』で一躍有名作家となった。 作家・評論家とも活発な交友を持ち、グラスを高く評価した著名人にウーヴェ・ヨーンゾンやマルセル・ライヒ=ラニツキ、ハンス・ヨアヒム・シェートリヒなどがいる。政治家とも交流が深く、のちのヴィリー・ブラント政権で大蔵大臣、経済大臣を兼務したカール・シラー(:de:Karl Schiller)が西ベルリン市経済大臣を務めていた当時(1966年)に、「税金を追加請求されてしまったのだが、西ドイツの記者のインタビューに答えるのは市のためでもあるので、これを労働時間と見なして3年前に遡り、3万マルクを基礎控除してほしい」という私的な請願書を贈ったこともある(朝日新聞社「論座」2007年1月号」)。 その作風は非現実的な奇怪さと、詳細なデータに裏付けられた現実性の両方が同居する特異なもので、作品の発表ごとに物議をかもしている。その一方で、ドイツ社会民主党の応援など積極的な政治活動でも知られている。1990年のドイツ再統一の時には、「ドイツは文化共同体としてのみ統一をもつべきだ」、と政治的統一には徹頭徹尾反対を唱えたことが大きな議論を呼んだ。1999年にはノーベル文学賞を受賞した。また2002年に起こったアメリカのアフガニスタン侵攻を「文明にふさわしくない」と述べ、武力をもって武力を制するやり方を批判した。 2006年8月12日、17歳の時にドレスデンでナチ党の武装親衛隊に入隊していた過去を自ら明らかにして大きな波紋を呼んだ(別項「武装親衛隊所属の告白」で後述)。 主な作品に、ダンツィヒ三部作といわれる『ブリキの太鼓』『猫と鼠』『犬の年』や、フェミニズムを料理と歴史から描いた『ひらめ』、20世紀の百年それぞれに一話ずつの短編を連ねた『私の一世紀』などがある。 『蟹の横歩き』(2002年)では、1945年の「ヴィルヘルム・グストロフ号事件」を題材にし、同避難船上で生まれた父と、ネオナチであるその息子を描いている。 2014年1月、小説の創作活動からの引退を表明した。 2015年4月13日死去〔ギュンター・グラス氏死去=独ノーベル賞作家 時事通信 2015年4月13日閲覧〕。87歳没。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ギュンター・グラス」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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