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ギョクチェアダ島 : ウィキペディア日本語版
ギョクチェアダ島[ぎょくちぇあだとう]

ギョクチェアダトルコ語:Gökçeada、ギリシャ語:イムヴロス島 – Imvros 英語Imbros)は、トルコの島。かつてはイムロズ島 (İmroz Adası)が公式名称であったが、1970年7月29日付8479号閣議決定によりギョクチェアダに改名された。〔İdris Bostan, ''Ege Adaları'nın İdarî, Malî ve Sosyal Yapısı'', Stratejik Araştırma ve Etüdler Milli Komitesi (SAEMK), 2003, p. 181. 〕チャナッカレ県に属し、サロス湾の入り口にある。島全体の人口は8,875人(2000年)。多数がトルコ人であるが、300人ほどのギリシャ人も暮らしている。最大の町はギョクチェアダ。観光と漁業が主であるが、ブドウ栽培とワイン醸造で知られている。
== 歴史 ==
ギリシャ神話では、アキレウスの母テティスの宮殿があった島とされる。古代にはアテナイの植民地であった。
ダーダネルス海峡に近い軍事的要所であるため、1913年にバルカン戦争終結後にエーゲ海の島々がギリシャへ割譲されても、オスマン帝国はイムロズを手放さなかった。
1920年、セーヴル条約によってオスマン帝国からギリシャ王国へ割譲された。1927年当時、島の人口の97.5%をギリシャ人が占めていた。希土戦争でギリシャがアナトリアで敗退すると、親ギリシャであったイギリス首相デビッド・ロイド・ジョージが退陣、イギリスの中東政策が変更された。西側列強はトルコ共和国ローザンヌ条約を結び、イムロズ島をトルコへ割譲した。この際に、多くの在トルコのギリシャ人が出国していった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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