翻訳と辞書
Words near each other
・ クリスチャン・マイアー (クレーター)
・ クリスチャン・マイヤー
・ クリスチャン・マイヤー (クレーター)
・ クリスチャン・マクブライド
・ クリスチャン・マッケイ
・ クリスチャン・マラカー
・ クリスチャン・マリーナ
・ クリスチャン・マルカン
・ クリスチャン・マルティネス
・ クリスチャン・マークレー
クリスチャン・ミハレス
・ クリスチャン・ムプンブ
・ クリスチャン・ムプンボ
・ クリスチャン・ムンギウ
・ クリスチャン・メッツ
・ クリスチャン・メンドーサ
・ クリスチャン・モーテンセン
・ クリスチャン・ヤルヴィ
・ クリスチャン・ヤンク
・ クリスチャン・ユルゲンセン・トムセン


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

クリスチャン・ミハレス : ミニ英和和英辞書
クリスチャン・ミハレス
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


クリスチャン・ミハレス : ウィキペディア日本語版
クリスチャン・ミハレス

クリスチャン・ミハレスCristian Mijares、男性、1981年10月2日 - )は、メキシコプロボクサー。元WBAWBC世界スーパーフライ級スーパー王者。第22代IBF世界スーパーフライ級王者。
左ボクサー型のコンバーテッドサウスポー(右利きのサウスポー)で、しっかりとした防御技術を軸に、パワーはないものの的確な高速コンビネーションで相手を懐に入れさせず、回転の速さで対戦相手を切り刻むアウトボクシングを得意とする。一時期、本来のアウトボクシングではなく接近戦を挑み連敗を喫していた。しかしその後アウトボクシングに立ち戻り、階級もスーパーフライ級に戻して、IBF世界スーパーフライ級王座を戴冠した。オスカー・デ・ラ・ホーヤゴールデンボーイプロモーションズ所属。
== 来歴 ==
1981年10月2日ドゥランゴ州ゴメスパラシオで生まれた。
早くからプロ入りを目指してボクシングを始め、1997年8月20日に16歳でプロデビューする。
2003年までの約7年間で18勝3敗1分けの戦績で、2003年3月12日トマス・ロハスを12回判定で破り全メキシコスーパーフライ級タイトルを獲得した。その後、同国内タイトルを守り続け、世界ランキングを上げていく。
2006年9月18日横浜パシフィコ横浜で元WBC世界スーパーフライ級王者の川嶋勝重日本大橋ボクシングジム)と対戦。2回に川嶋の右ロングフックを受けキャリア初のダウンを喫するも〔アルセか、徳山か? 新王者の今後 ボクシングニュース「Box-on!」 2006年9月19日〕、以降手数と的確さで盛り返し、2-1の判定勝ちを収めWBC世界スーパーフライ級暫定王座を獲得した〔川嶋ダウン奪うも判定負け WBC暫定王座決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2006年9月19日〕。
2006年12月6日徳山昌守(日本/金沢ボクシングジム)の王座返上に伴い空位となった正規王座に認定され正規王者になった。
2007年1月3日、前回対戦した川嶋勝重(WBC世界スーパーフライ級2位)を相手に世界王座の2度目の防衛戦を行い、10回TKO勝ちで防衛に成功した〔川嶋無念の10回TKO敗 ミハレスV2 ダブル世界戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2007年1月3日〕。
2007年4月14日テキサス州サンアントニオアラモドームで3階級制覇を狙うメキシコの人気ボクサーホルヘ・アルセ(メキシコ)の挑戦を受けたが、戦前の予想を覆してアルセを圧倒し、3-0の判定勝ちで3度目の防衛に成功した〔パッキアオKO勝ち ミハレス防衛 ソーサ新王者 ボクシングニュース「Box-on!」 2007年4月15日〕。
2007年7月13日ドゥランゴ州ゴメスパラシオ菊井徹平(日本/花形ボクシングジム)の挑戦を受ける。地元での凱旋試合となったこの試合は、内容で菊井を圧倒し10回2分28秒TKO勝ちで4度目の防衛に成功した。
2007年10月20日キンタナ・ロー州カンクンでWBC世界スーパーフライ級10位のフランク・グルジュスクフランス)に1回2分11秒TKO勝ちし5度目の王座防衛に成功すると共に〔ミハレス、ゴリオーを一蹴。電撃KOでV5 ボクシングニュース「Box-on!」 2007年10月23日〕、WBCから5回防衛王者に贈られるスーパーベルトも手中にした。
2008年2月16日ネバダ州ラスベガスホセ・ナバーロアメリカ)と対戦、2-1の判定勝ちを収め6度目の王座防衛に成功した。
2008年5月17日、ドゥランゴ州ゴメスパラシオでWBA世界スーパーフライ級王者のアレクサンデル・ムニョスベネズエラ)と王座統一戦で対戦し、2-1の判定勝ちを収めWBA王座とWBC王座統一に成功、WBA規定でスーパー王座に認定された。
2008年8月30日ヌエボ・レオン州モンテレイモンテレー・アリーナで元WBC世界フライ級王者のチャッチャイ・サーサクンタイ)と対戦、3回1分20秒でKO勝ちし、WBA王座は初防衛、WBC王座は8度目の防衛に成功した。
2008年11月1日カリフォルニア州 ホーム・デポ・センター・テニスコートにてIBF世界スーパーフライ級王者ビック・ダルチニアンオーストラリア)と王座統一戦を行う。初回終了間際にダウンを奪われると9回には左右コンビネーションでダウンを追加されると、ミハレスは失神しレフェリーがカウントを途中で止めて9回終了時KO負けを喫した。試合に敗れ三団体王座統一に失敗、WBA王座は2度目の防衛、WBC王座は9度目の防衛に失敗し王座から陥落した〔ダルチニヤン3冠統一 ミハレスを強烈KO ボクシングニュース「Box-on!」 2008年11月3日〕。
2009年3月14日、階級を上げ、コアウイラ州トレオンのアウディトリオ・センテナリオでWBA世界バンタム級暫定王座決定戦を2位ミハレスと3位ネオマール・セルメニョベネズエラ)とで争うが相手のペースに乗せられインファイトを挑んで1-2の判定負けとなり、プロ戦績で初の連敗を喫した。
2009年9月12日、ヌエボ・レオン州モンテレイのモンテレー・アリーナでWBA世界バンタム級暫定王者ネオマール・セルメニョ(ベネズエラ)にダイレクトリマッチで再戦を挑むが3-0の判定負けとなり2階級制覇に失敗した〔セルメーニョ、ミハレスを返り討ち WBAバンタム級暫定戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年9月13日〕。敗戦後すぐに現役引退を表明したが〔Mijares Retires from Boxing Boxing News 2009年9月14日〕、すぐに現役続行を決め、2009年11月20日に試合を行い3回KO勝ちし再起を果たし、さらには同年12月12日にも試合を行い6回KO勝利で再起2連勝を飾った〔ミハレスが再起に成功 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年12月14日〕。
2009年10月には、メキシココアウイラ州トレオンに自身のジムをオープンした〔ミハレスが地元にジムをオープン ボクシングニュース「Box-on!」 2009年10月20日〕。
2010年4月10日、ホルヘ・アルセの弟のフランシスコ・アルセ(メキシコ)とNABF北米バンタム級王座決定戦とWBC世界バンタム級王座挑戦者決定戦を行い、2-1の接戦を制しNABF王座とWBC王座への挑戦権を獲得した。
2010年12月11日、階級を元来のスーパーフライ級に戻してIBF世界スーパーフライ級王者ファン・アルベルト・ロサス(メキシコ)に挑戦し、12回判定勝ちを収めて王座獲得に成功するとともに、約2年ぶりの世界王座返り咲に成功した〔ミハレス3つ目のベルト獲得 IBF・J・バンタム級 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月14日〕。
2011年5月15日、指名挑戦者のラウル・マルチネスニカラグア)と対戦する予定だったが、マルチネスの練習中の怪我のため、13位カルロス・ルエダに急遽変更になった。試合はミハレスがルエダを常時コントロールし、大差判定勝ちで初防衛に成功した〔ミハレス完封 IBF初防衛 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年5月15日〕。
2011年8月20日、バンタム級に転向しキャリアを進める為にIBF世界スーパーフライ級王座を返上した〔ミハレスが王座返上 マルティネスーゲレロで決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」2011年8月20日〕。
2011年9月10日サカテカス州サカテカスジョナサン・ペレスコロンビア)とスーパーバンタム級10回戦を行い、3回2分40秒TKO勝ち。
2012年4月21日、メキシコミチョアカン州モレリアエディ・フリオ(コロンビア)とWBCインターナショナルスーパーバンタム級シルバー王座決定戦を行い、4回2分47秒KO勝ちで同王座の獲得に成功した。
2012年10月27日ラファエル・マルケス(メキシコ)と対戦。マルケスに攻められるシーンがあったが、9回左ロングフックを当てマルケスをぐらつかせ、最後は連打をまとめてレフェリーストップ。9回1分58秒TKO勝ちを収めUSNBCスーパーバンタム級王座の獲得に成功した〔ミハレス、マルケス弟をストップ メキシコの元王者対決 ボクシングニュース「Box-on!」 2012年10月28日〕。一時対戦予定だったノニト・ドネアとの対戦に興味を示し、ホルヘ・アルセとの試合後にオファーを出すことを発表したが実現しなかった。
2013年4月20日メキシコシティアレナ・シウダ・デ・メヒコアブネル・マレス(メキシコ)の王座返上に伴うWBC世界スーパーバンタム級王座決定戦でビクトル・テラサス(メキシコ)と対戦し、12回1-2(113-114、114-113、112-115)の判定負けを喫し王座獲得に失敗、2階級制覇に失敗した〔テラサス、ミハレスに辛勝 WBC世界S・バンタム級王座決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年4月21日〕。
2013年12月14日、メキシコシティの社会保険労働者ドームジョバンニ・ソト(メキシコ)と対戦し、3回1分4秒TKO勝ちを収めた〔 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年12月15日〕。
2014年3月8日MGMグランド・ガーデン・アリーナサウル・アルバレスの復帰戦の前座でWBC世界スーパーバンタム級王者レオ・サンタ・クルスと対戦し、12回0-3(2者が108-120、109-119)の判定負けで悲願の2階級制覇に完封で失敗した〔カネロが再起、アングロを10回TKO Boxing News(ボクシングニュース) 2014年3月9日〕。
2014年6月21日、カンクンでセバスチャン・ダニエル・ロドリゲスアルゼンチン)とフェザー級10回戦を行い、7回2分59秒TKO勝ちを収め、再起に成功した。
2014年11月15日、カンクンでレスター・メドラノニカラグア)とフェザー級10回戦を行い、3-0(3者とも99-91)の判定勝ちを収めた〔 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年11月16日〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「クリスチャン・ミハレス」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.