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クロード・ド・ラ・コロンビエール(Claude de la Colombière 1641年2月2日-1682年2月15日)はカトリック教会の司祭、聖人、フランスのイエズス会士。 == 生涯 == ローヌ県サン=サンフォリアン=ドゾンに生まれたクロードは1658年10月25日、イエズス会に入会、アヴィニョンやパリで神学を学び、1669年に叙階された。1675年、フランス中部のパレ・ル・モニアルの聖母訪問会の聴罪司祭として派遣され、そこでマルグリット・マリー・アラコクに出会う。そのとき、彼女はイエスの聖心の啓示を受け、同僚から迫害されていた。彼はアラコクの啓示の意味を知り、また、彼自身も神によって使わされた人物であると知り、霊的指導に当たった。 しかし、その期間は長くは続かず長上の命令でイングランドに送られ、ヨーク公爵夫人メアリー・オブ・モデナ付の司祭となり、やがてイングランド政府により投獄される。彼はそれに耐え国外追放され、フランスに帰国し、命は助かった。だが、過酷な生活を強いられていたために体調は衰え、1682年2月15日、思い出深いパレ・ル・モニアルで帰天(死去)した。1929年、ローマ教皇ピウス11世によって列福され、1992年、ヨハネ・パウロ2世によって列聖された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「クロード・ド・ラ・コロンビエール」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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