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ケイリゾン・デ・ソウザ・カルネイロ(Keirrison de Souza Carneiro、1988年12月3日 - )は、ブラジル・マットグロッソ・ド・スル州出身のプロサッカー選手。コリチーバFC所属。元ブラジル代表。ポジションはフォワード。 == 経歴 == 父親のアジール・カルネイロはオペラーリオというクラブでプレーするフォワードだった。彼は「K」というアルファベットが好きであり、またドアーズのボーカルジム・モリソン(Jim Morrison)も好きだったため、息子に「ケイリゾン」(Keirrison)という名を授けた〔「伝説の始まり」、ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2009年9月3日号〕。 幼少期には父親が開いていたサッカースクールで練習していたが、2000年に行われたユース大会でゴールを量産したことから、CRフラメンゴやサントスFCなどの有名クラブを巻き込んだ争奪戦が起こり、パラナ州の企業家グループが保有権を買い取り、コリチーバFCのユースチームに所属させた〔「伝説の始まり」、ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2009年9月3日号〕。2007年にトップチームに昇格すると、同年にはブラジル・セリエBでチームトップとなる12ゴールを挙げ、昇格、さらには優勝に大きく貢献した。2008年にはセリエAで21ゴールを決め、ワシントン、クレーベル・ボアスと得点王を分け合った。この年には公式戦で41得点を記録した。10代にしてコリチーバのエース、そしてブラジル国内屈指のストライカーとなったケイリゾンへの評価は高く、「ロマーリオ2世」と称された〔スポーツナビ 〕。その活躍からFCバルセロナ、バレンシアCF、リヴァプールFCなどヨーロッパのビッグクラブも獲得を狙っていた。 2009年1月、SEパルメイラスに移籍した。サンパウロ州選手権では16試合で13得点し、コパ・リベルタドーレスのグループリーグでは6得点するなど、移籍直後から得点を量産した。 2009年7月23日、移籍金1500万ユーロでFCバルセロナへ移籍した。7月28日、ポルトガルのSLベンフィカに1年間の契約でレンタル移籍した〔Benfica Sign Barcelona Striker Keirrison On Loan Goal.com、2009年7月28日〕。プレシーズンマッチのセルティックFC戦で初得点を決めた〔Keirrison scores first goal for Benfica 2009年9月3日〕。2009-10シーズンはオスカル・カルドソ、ハビエル・サビオラ、ヌーノ・ゴメスに次ぐ4番手フォワードとされ、わずか5試合199分間の出場にとどまった。 2010年1月31日にACFフィオレンティーナへ、買取オプションの優先交渉権を伴った2シーズンのレンタル移籍することになった〔Comunicato フィオレンティーナ公式(2010-1-31),2010-1-31閲覧〕が、半年でバルセロナに帰還した。2010年7月、サントスFCにレンタル移籍した〔ケイリソンのサントス行きが決定 Goal.com、2010年7月12日〕。2011年8月からはクルゼイロECにレンタル移籍している〔Keirrison agradece carinho e afirma:‘Cruzeiro vai forte para o segundo turno’ クルゼイロEC公式サイト、2011年8月24日〕。2012年3月にはコリチーバFCにレンタル移籍〔バルセロナ、ケイリソンのレンタルを発表 Goal.com、2012年3月23日〕。2014年夏にはコリチーバへ完全移籍した。多額の移籍金を費やしたバルセロナでは一度もプレーすることは無く、プレシーズンマッチの出場すらなかった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ケイリゾン・デ・ソウザ・カルネイロ」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Keirrison 」があります。 スポンサード リンク
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