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計吐夷島(けといとう)は千島列島の中部にある島である。ロシア名はケトイ島 (o.Кетой)、英語表記はKetoy。 島の名前の由来はアイヌ語の「ケウ・トイ」で「骸骨・悪い」の意とする説がある。正保御国絵図と元禄御国絵図にはそれぞれ「ケトナイ」「けとない」とある。これについては島にある谷を「ケトナイ」(両岸が骸骨のように聳立(しょうりつ)した渓谷)と呼び、それが島の名前に転じたとする説がある。 == 地理 == 新知島の北東、新知海峡を挟んで約 20 キロメートルを隔てた、直径約 8 キロメートルの円形の火山島である。島全体が山岳で形成されており、主な山は次の通り。 * 計吐夷岳(けといだけ、海抜:1,172 メートル、ロシア名:ケトイ山 влк Кетой、英名:Ketoy)、カルデラ湖の西岸にある本島最高峰。 * 白烟山(しろけむりやま、海抜 993 メートル、ロシア名:パラス山 влк Палласа、英名:Pallas)、島のちょうど中央部に位置する。 島の中央南西寄りには、幅約 1.5 キロメートルのカルデラ湖である計吐夷湖(けといこ)が淡水を湛えている。また、白烟山の直径 550 メートルほどの火口クレーターの中にも、火山に特有な青緑色の水を湛えた火口湖が存在する。噴火を起こした記録があるのは白烟山の方で、その規模が最大なのは1843年~1846年の間に起こしたものであり、最後に噴火したのは1960年である。 海岸は絶壁が続き船を寄せがたく、一部の崖は約 500 メートルの険しさを有しており、南岸にある三並湾(みなみわん)が辛うじて上陸地点となっていた。植生について、本島は千島列島における笹の北限である〔北海道における最終間氷期以降のササの地史的動態 -ササを指標とした積雪・温量環境の推定- 日本植生史学会 〕。 また、戦前に本島を訪れた北海道大学の舘脇操は自らの著書に「中部千島で一番孤独で陰鬱な島」と称している〔北海道新聞社編 『千島縦断』、1994年 140 頁〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「計吐夷島」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Ketoy 」があります。 スポンサード リンク
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