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『怪獣総進撃』(かいじゅうそうしんげき)は、1968年(昭和43年)8月1日に封切り公開された日本映画で、ゴジラシリーズの第9作。製作、配給は東宝。カラー、シネマスコープ〔この年から「シネマスコープ」呼称が版権解除され、これ以前の「東宝スコープ」呼称から「シネマスコープ」表記に変わった。〕。上映時間は89分。 初回興行時の観客動員数は258万人。ゴジラをはじめとする多数の東宝怪獣を集結させた作品。併映は『海底軍艦』(短縮版)、『海ひこ山ひこ』。 == 概要 == ゴジラシリーズ第9作。当時の映画館の入場者数はすでに全盛期の4分の1まで落ち込んでおり、子供たちの興味も映画館での怪獣よりも妖怪やスポ根を題材にしたテレビ番組へと向けられはじめ、怪獣ブームにも陰りが見えはじめていた。これらの要因から、東宝では本作をもって莫大な製作費を要する怪獣映画の終了を見込んでいたが、前作『ゴジラの息子』の観客動員数を10万人上回る成績を上げたことにより、東宝の怪獣路線は継続されることとなった〔ただしDVDのオーディオコメンタリーで谷清次は本作が最終作である説を否定している。〕。登場怪獣の数は昭和ゴジラ映画で最多であり、2004年に『ゴジラ FINAL WARS』が公開されるまではゴジラシリーズでも最多だった。 当初の予定タイトルは『怪獣総進撃命令』であり、企画段階では『怪獣忠臣蔵』という仮題だった。1967年には関沢新一により『怪獣総出動』という脚本も書かれており、『ゴジラの息子』と共に製作ラインナップに挙げられていた。検討用台本の段階では、アンギラス、ゴロザウルス、ミニラは入っておらず、マグマ、エビラが含まれていた。特撮助監督を務めた中野昭慶は本作について「シネスコならではの企画」と掲げ、「シネスコだから歌舞伎の顔見世のようにあれだけ怪獣を並べられた」と語っている。 SFブームと宇宙開発ブームの最盛期に製作された本作は、「怪獣ランド」の設定も後年におけるテーマパーク構想の先駆けとされる。モダンなデザインの調査用宇宙艇SY-3号の活躍ぶりが描かれるほか、近未来ということで携帯テレビが登場したり、防衛隊のミサイル車両などもヘリコプターからの遠隔操縦で動くという設定が盛り込まれている。監督の本多猪四郎は、本作の劇場パンフレットに映画のSF設定について特別エッセイを寄稿している。1971年(昭和46年)のテレビ番組『帰ってきたウルトラマン』(円谷プロ、TBS)第1話ではサブタイトルに本作のものが引用されており、監督も本多が務めた。 近未来を舞台としていることから、関連書籍によっては本作を『メカゴジラの逆襲』より後の時代を描いていると解釈しているものも存在する。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「怪獣総進撃」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Destroy All Monsters 」があります。 スポンサード リンク
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