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サラブレッド系 : ミニ英和和英辞書
サラブレッド系[けい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ラブ : [らぶ]
 【名詞】 1. (abbr) lab 2. laboratory 3. love 4. (n) (abbr) lab/laboratory/love
: [けい]
  1. (n,n-suf) (1) system 2. lineage 3. group 4. (2) type of person 5. (3) environment 6. (4) medical department (suf) 

サラブレッド系 ( リダイレクト:サラブレッド系種 ) : ウィキペディア日本語版
サラブレッド系種[さらぶれっどけいしゅ]

サラブレッド系種(サラブレッドけいしゅ)とは、アラブ血量が25%未満で以下の掛け合わせで生まれた馬である。単にサラブレッド系サラ系などとも呼ぶ。広義ではサラブレッド自体も含まれる。
* サラブレッド × サラブレッド系種
* サラブレッド系種 × サラブレッド系種
* サラブレッド × アングロアラブアラブ系種
* サラブレッド系種 × アングロアラブ(アラブ系種)
* 軽半種にサラブレッド種(あるいは同系種)を2代掛け合わせたもの
== 概要 ==
サラブレッドという語が登場するのは早くても18世紀の終わりか、19世紀になってからとされている。それ以前は、ランニングホースと呼ばれていた。呼び名はどうであれ、イギリスではこのウマの血統を記録したジェネラルスタッドブックが刊行され、やがて同書がサラブレッドの血統の権威となった。同書では1836年の版で初めて「サラブレッド」という語が登場する。
日本への洋種ウマの本格的な導入は、記録が不明確ではあるものの、幕末から明治初期の19世紀半ばから始まっており、この時代に持ち込まれたウマの中にはサラブレッドであると記録されているものもある。日露戦争(1904-1905年)を経て明治末期には日本国内でも本格的な馬産・競馬が行われるようになったが、早いものでは19世紀末から20世紀の初頭に日本に持ち込まれたり、日本国内で生産されたサラブレッドもいた。
当時「サラブレッド」は単にウマの品種を意味しており、サラブレッドとサラブレッドを交配して得たウマはサラブレッドとみなされた。日本国内では1922年に馬籍法が整備されたが、単に品種を登録すればサラブレッドと認められるものであり、祖先の血統の証明までは必要とされていなかった。
しかし、1901年に刊行されたジェネラルスタッドブックで初めてサラブレッドの定義が示され、1913年にはジャージー規則が完成した。これによると、すべての祖先馬が過去に刊行されたジェネラルスタッドブックに遡ることができなければ、サラブレッドとは認められないことになった。過去にサラブレッドとされたウマも、その血統が書面で証明されなければ、サラブレッドではないものとされるようになった。こうしたウマや、これらのもの祖先にもつウマを日本国内では「サラブレッド系」と称するようになった。
ジャージー規則によって、アメリカやフランスでも同様の問題が起きた。アメリカやフランス国内では「サラブレッド」とされるウマが、イギリスでは「サラブレッド系」とされた。ジャージー規則は1949年に廃止され、1969年にはさらに緩和されて、必ずしもジェネラルスタッドブックにたどり着かずともサラブレッドと認められる要件が整備された。
また以前はサラブレッドとの交配でアラブ血量が25%を下回ったアングロアラブ馬は準サラと呼ばれていたが、1974年(昭和49年)6月1日の登録規程の改正により、準サラはサラ系に含まれるとされ、準サラという品種は廃止された。
なお、日本の在来馬に4代続けてサラブレッド、アラブ馬、アングロアラブ、アラブ系種、サラブレッド系種を配合した仔はサラブレッド系種と認められる(アラブ血量が25%未満の場合)。サラブレッド系種は8代続けてサラブレッドと配合された仔で国際血統書委員会よりサラブレッドと同等の能力を有すると認められた場合はサラブレッドと認められる。しかし国際血統書委員会の審査を受けなければサラブレッドとは認められないため、実際には8代以上続けてサラブレッドを配合されているにもかかわらず審査を受けていないために「サラ系」の称号が消えていないままの馬も見られる。(以前は日本の軽種馬協会が独自に「8代続けてサラブレッドと配合されたサラ系の仔はサラブレッドと認める」という基準を示していたが、現在は国際血統書委員会を通さないと認められなくなった。)
例としてミラ - ナリタマイスターのファミリーラインを挙げる。第三ミラから8代続けてサラブレッドが交配され、ナリタマイスターはサラブレッドと認められた。
*サラ系
*ミラ1895年生まれ、血統不詳)
 *サラ系 第三ミラ(1912年生まれ、父サラ系 第二スプーネー)
  *サラ系 竜玉(1928年生まれ、父サラ
*チヤペルブラムプトン
   *サラ系 安俊(1939年生まれ、父サラ 月友
    *サラ系 ムールドカール(1947年生まれ、父サラ トキノチカラ
     *サラ系 ミスカツクモ(1953年生まれ、父サラ
*ヴイーノーピユロー)
      *サラ系 ハナカイドウ(1967年生まれ、父サラ
*エイトラックス)
       *サラ系 ヤグララナー(1979年生まれ、父サラ
*ラナーク)
        *サラ系 ヤグラステラ(1985年生まれ、父サラ
*シーホーク
         *サラ ナリタマイスター(1993年生まれ、父サラ
*サンデーサイレンス
* シャトレーダンサー …ヴィークル・メアとして国際血統書委員会に承認された馬。この馬の仔の代からサラブレッドに昇格する。ヒカリデュールの妹の孫にあたる。
また、先祖が全て国際血統書委員会に登録されている馬でも、8代以内に血統不明の馬がいる馬はサラ系とみなす。19世紀中頃以降発祥の比較的歴史の浅い母系(コロニアルナンバーなど)の血を引く馬に見られ、1979年の菊花賞馬ハシハーミットの母系は祖母の代まではサラ系とみなされていた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「サラブレッド系種」の詳細全文を読む




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