翻訳と辞書
Words near each other
・ サランラップ
・ サラン峠
・ サラン=レ=バンの大製塩所
・ サラン=レ=バンの大製塩所からアル=ケ=スナンの王立製塩所までの煎熬塩の生産
・ サラヴァ
・ サラヴァ!
・ サラヴァト
・ サラヴァト・ユラーエフ
・ サラヴィア
・ サラヴィオ化粧品
サラ・C・スミス
・ サラ・アドラー
・ サラ・アビトボル
・ サラ・アビドボル
・ サラ・アルバレス
・ サラ・アルマー
・ サラ・アンツァネッロ
・ サラ・アーノルド
・ サラ・イイネス
・ サラ・イネス


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

サラ・C・スミス : ミニ英和和英辞書
サラ・C・スミス
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


サラ・C・スミス ( リダイレクト:サラ・クララ・スミス ) : ウィキペディア日本語版
サラ・クララ・スミス
サラ・クララ・スミス(Sarah Clara Smith、1851年3月24日 - 1947年2月18日)は、キリスト教プロテスタント系の伝道師及び教育者。
アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。アメリカに帰国するまでの44年間を札幌の女子教育の発展に大きく貢献した人物。北星学園女子中学高等学校学校法人北星学園)創立者。
北星学園は、近年の研究により「クララ」という部分が誤っているとし、サラ・C・スミスと表記している。

== 略歴 ==

*ニューヨーク州の小学校を卒業後、私立中等教育機関フリーアカデミーで学ぶ。
*卒業後に、2年間フランスドイツに留学。
*1872年ニューヨーク州立ブロックポルト師範学校入学。
*1874年より5年間ニューヨーク州にて小学校教師を務めた後、1880年明治13年)エルマイラ第一長老教会の宣教師として来日。
 *新栄女学校(東京都)の校長に着任するも、気候になじまず体調を崩し、北海道に渡る。
*1883年函館に居を構え宣教師として活動。
*1886年北海道尋常師範学校開設に伴いお雇い外国人として英語教師となる。
*1887年(明治20年)私財を投じ、北海道札幌市にスミス女学校(現、北星学園女子中学高等学校)を開校。
 *スミス女学校は札幌で最初の女子教育機関となる。
*1894年(明治27年)新渡戸稲造らの勧めによってスミス女学校は北星女学校に改称される。
 *教師陣には札幌農学校(現、北海道大学)の第1期、第2期生である大島正健新渡戸稲造宮部金吾らが名を連ねる。
*1915年名誉校長となり学校運営から退く。
*以後、自宅でバイブルズクラスや日曜学校を行う。
*1932年昭和7年)44年間にも及ぶ日本での教育活動から引退。
*カリフォルニア州の引退宣教師のレディースホームで余生を過ごす。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「サラ・クララ・スミス」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.