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シカンダル・シャー : ミニ英和和英辞書
シカンダル・シャー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

シカンダル・シャー : ウィキペディア日本語版
シカンダル・シャー[ちょうおん]
シカンダル・シャー(Sikandar Shah, 生年不詳 - 1389年)は、東インドベンガル・スルターン朝イリヤース・シャーヒー朝の君主(在位:1357年 - 1389年)。
==生涯==
1357年、シカンダル・シャーは父シャムスッディーン・イリヤース・シャーが死亡したことにより、王位を継承した〔チャンドラ『中世インドの歴史』、p.166〕。
1358年トゥグルク朝の君主フィールーズ・シャー・トゥグルクが和平に反し、再びベンガル地方に遠征を開始した〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』年表、p.29〕。シカンダル・シャーはかつて父がとった戦術に倣い、ガンジス川とその支流に囲まれたエクダーラーの城塞へと逃げた〔チャンドラ『中世インドの歴史』、p.166〕〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、pp.57-58〕。
フィールーズ・シャーはモンスーンの大雨、それに伴う洪水に悩まされ、エクダーラーを落とすことはできなかった。そして、1359年にフィールーズ・シャーはシカンダル・シャーと和平を締結し、彼を独立の支配者として認め、ベンガルから退却した〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、p.58〕〔チャンドラ『中世インドの歴史』、p.166〕〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』年表、p.29〕。
シカンダル・シャーの治世は平和と繁栄が続いた〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、p.58〕。トゥグルク朝の侵攻ののち、ベンガルは以後200年間独立を保ち、それは1538年まで続いた〔チャンドラ『中世インドの歴史』、p.166〕。
1389年、シカンダル・シャーは宮廷内の内紛により、息子ギヤースッディーン・アーザム・シャー暗殺された〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、p.58〕〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.158〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「シカンダル・シャー」の詳細全文を読む




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