|
クライスラー・ホライズンはクライスラーのイギリス子会社の「クライスラーUK」(旧ルーツ・グループ)とフランス子会社のシムカにおいて1977年から1986年まで販売された小型乗用車である。クライスラーの世界戦略車として開発され、アメリカで1978年モデルイヤーから発売されたサブコンパクトカーであるダッジ・オムニ・プリマス・ホライズンと共に開発されたが、エンジン等が異なり部品の互換性は高くない。 クライスラー欧州部門は1978年にPSA・プジョーシトロエン (PSA)の一部となり、翌1979年以降は「タルボット・ホライズン」に改名された。なお、フランスでは1979年までは「シムカ・オリゾン」、それ以後も英仏語の発音の違いから「タルボ・オリゾン」と呼ばれた。 ==概要== 開発はシムカ側で行われ、プロジェクトC2というコードネームが与えられていた。機構的には既に1975年に登場していた1307/1308の縮小版であったが、デザインは1974年に発表されて小型大衆車のベンチマークとなっていたフォルクスワーゲン・ゴルフⅠの強い影響を受けていた。またトレッドは当時の全長4m以下の大衆車としては異例に広く、この結果全幅は1680mmと、上級の1307/1308の1676mmよりも逆に大きくなった。これはプロジェクトC2が単に1100の後継車であるのみならず、小型車開発に出遅れて苦境に立った米国部門の切り札として開発されることになった結果であった。 エンジンは1100から受け継いだ水冷直列4気筒1118cc/1294ccと、1307/1308と共通の1442ccであった。なお、米国生産のダッジ・オムニ・プリマス・ホライズンのエンジンは、アメリカで現地生産されたフォルクスワーゲン・ラビット(ゴルフⅠの米国輸出名)と同じ4気筒SOHC1700ccで、欧州版とは全く異なるものであった。 〔アメリカ製はサスペンションもトーションバーではなくマクファーソン・ストラットで、一見よく似ている車体パネルも互換性が無かった。〕 VWゴルフに代表される当時の流行を取り入れたスタイル、良好な居住性と乗り心地、そしてクライスラー初の「ワールドカー」であるという時代的な意義が評価されて、ホライズン/オリゾンは1979年のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)を、1976年の1307/1308に続いて獲得した。〔両車とも基本構成は1967年登場のシムカ・1100を踏襲しているのであるから、いかに1100が進んでいたかがわかる。しかし1100のデビューした1967年には斬新なスタイリングとロータリーエンジン搭載を持つNSU・Ro80が登場して話題を独占したため、1100はCOTYを受賞出来なかった。〕 生産は主にシムカのポワジー工場で行われ、「クライスラーUK」(旧ルーツ・グループ)販売分も当初はフランスからの輸入であった。英国のライトン工場で生産されるようになったのは1982年になってからであった。また、スペインのクライスラー子会社・バレイロス社、フィンランドの「Saab-Valmet」社でも生産された。フィンランド製には内装などにサーブの部品が流用された。また、その内2,385台はケロシンやテレピン油を燃料とする仕様であった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「クライスラー・ホライズン」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Simca-Talbot Horizon 」があります。 スポンサード リンク
|